R15指定 長編SS

陸海空 -Caress of Venus-

第一章 第六話 -通算 第十二話-

第十二話 大文字版

fate -II-



12-01

 頻伽の声。
 水晶のように透明で穢れなき歌声。
 囁くような儚い歌が耳朶を震わせる。意識の覚醒を妨げ、夢に誘う誘惑の調べ。
空  「……あ、起こしてしまいましたか?」
 また眠りに落ちそうなところでクーの声が聞こえ、急速に意識が覚醒してゆく。

公人「クー、おはよう……」
空  「おはようございます、公人さん」
 今日もクーは腕を抱きかかえるようにしていた。
公人「また腕が冷たくなってた?」
空  「それほどでもありませんでしたが、私がこうしていたかったんです」
 そう言うと腕に頬をすり寄せる。
公人「そういえばさっき歌ってなかった?
    とても綺麗な歌声を聞いた気がしたんだけど」
空  「申し訳ありません。気づいた時には口ずさんでいたようです……」
公人「とても上手だったよ、高く澄んだ声で。迦陵頻伽かと思った」
空  「それは褒めすぎです。私は歌声を褒められた事はないので嬉しいのですが」

 そういうと身体をずらし胸に滑り込んでくる。クーの手がスウェットの下から潜り込み、徐々に胸の方へとくすぐっていく。
公人「ちょっと待てっ、そういう事は朝からする事じゃない!」
空  「夜でも許して貰っていません。私はもっと深い繋がりを求めています」
 そう言うとクーは馬乗りになり、パジャマのボタンを全て外してしまう。
 クーの素肌が朝日の中で露になる。欲望と理性の葛藤。
公人「いや、気持ちは嬉しい。クーの事は好きだし、抱きたいと思うけど──」
空  「それならば問題はまったくないという事ですね。私はキス以上の事を望んで
    います」
 倒れこみながらスウェットの上着を捲り上げ、身体を密着させながら唇を塞ぎにくる。
夏海「朝から元気ね〜。朝食の準備が出来たけど、そういう事なら私も参加しよう
    かしら」
 参加しなくていいからクーを引き剥がしてくれ、と言いたかったが、口は完璧に塞がれていた。



12-02

 夏海の参戦なんてことがあったら抜け出すのは不可能なので、上に覆いかぶさっているクーが怪我しないように気を配りながら半回転する。
 体勢が反対になったことで俺がその気になったと思ったのか、クーの身体から力が抜ける。
 そのチャンスを逃さず強引に腕の中から抜け出すのと、夏海がベッドまで辿り着いたのは同時だった。

夏海「あれっ、もうやめちゃうの?」
公人「最初から何もしてない」
空  「公人さん、この格好は寒いです。暖め直して下さい」
 そう言って両腕を伸ばしてくる。パジャマははだけたままなので目を逸らす。
夏海「こんな可愛い仕草で求めてくる子を放っておくなんて男じゃないわね」
公人「何とでも言え。俺はずるずると流れに任せて二人を傷付けたくないだけだ」
空  「私はこんな格好で放っておかれる方が傷付きます」
夏海「手を出しても出さなくても女は傷付くんだから我慢することないわよ。
    だったら、その傷を癒す方法を考えなさい」
空  「夏海が今いいことを言いました。それにとても辛そうに見えます」
 二人の視線が一点に集中していた。

公人「だから見るなーー! 男だってデリケートなんだぞっ!」
 デリケートな部分を隠そうと守りにはいった事が災いした。
空  「大丈夫です。公人さんが傷付いても、私が責任を持って癒して差し上げます」
 耳元でクーの甘い声。
 隙を突いて傍まで近づいていたようで、そのまま抱き付かれる。
 救いは期待できないが藁をもすがる思いで夏海を見ると、パジャマの上に羽織っていたカーディガンを投げ捨て、クーと同様にパジャマのボタンを外している最中だった。
夏海「覚えておきなさい。守りにはいると自分が思っている以上に隙が出来るものよ」
 妖しい笑みを浮かべた夏海は、首に腕を回し激しくキスをしてくる。
空  「公人さんは暖かいです」
 俺のスウェットを捲くり上げ、背中に胸を押し当ててくるクー。
理奈「ふむ、これは公人君の負けね」
 声のした方向に目を向けると、リンが椅子に座ってこちらの痴態を観察していた。



12-03

夏海「また邪魔しに来たの? 言っとくけど公人はあげないわよ」
空  「公人さん、手をどけて下されば私が鎮めて差し上げます」
 温度の違う視線で見つめ合う二人と、マイペースに襲い掛かるクー。
理奈「こういうのを実際に観察できる機会ってほぼないじゃない。いい機会だから
    じっくり観察さて貰うわ」
 無慈悲な台詞。それでもここで唯一すがれる藁はリンしかいない。
公人「助けて、どらえリ〜〜ン」
理奈「……夏海、手助けしてあげるけど何かして欲しいことある?」
 それは自爆ボタンだった……

夏海「……これ以上借りを作ると公人を一日貸せとか言われそうだからやめとく」
 夏海は少し考え、きっぱりと拒否する。
理奈「そういうのもいいかもね〜。それじゃ公人君の手助けでもしてあげようかしら」
公人「リン、それだ! 弱者を助けることこそ王道!!」
夏海「…………リン、そうやって公人に貸しを作って同じことしようとしてるでしょ」
理奈「あら、そんなこと全然思ってないわよ」
 部屋の空気がねっとりと絡み付くくらいに重くなる。
 つぅかクー、耳噛むのはやめろ。
夏海「……公人、今日のところは解放してあげるわ。リンに借り作られても困るし」
理奈「ちっ」
 えっ、何その『ちっ』て何、何?
空  「公人さん、そろそろ私にも……」
 『朝飯前』という言葉があるがこんな朝飯前は要らない。
 取り敢えずデコピンしておく。

空  「うぅ……、額が痛いです」
 テーブルを四人で囲み食事を摂る。
 一人は額を押さえて痛みを訴え、二人は交戦中。
 クーの怪我はもう一日様子を見るとのことで俺が食べさせているが、トーストは自分で食べられるんじゃないか、と提案したが額を押さえて手が空いてないと言われる始末。
 向こう側は空中を料理が飛び交い、フォークがそれを阻止。そのまま口に運ぶという
 アクロバティックな食事が繰り広げられている。
 あれも食べさせてあげる内に入るのだろうか……
 入居して二日目で自分の判断を心底呪っていた。



12-04

 食後は昨日と同様にリビングでのんびり過ごしていた。
公人「クー、額はもう大丈夫?」
空  「殆ど痛みはありません。ですが、唇で冷やして頂ければ治りも早いと思います」
夏海「……」
 夏海はどう言えば自分も同じ事をして貰えるか考えてる模様。
理奈「公人君も大変ね〜」
公人「そう思うなら二人を何とかしてくれ……」
理奈「それは自分で何とかしなさい。それと、昨日学内で騒いだらしいわね〜。
    私のところにも噂が流れてきたくらいだから数日間は人気者確定ね」
 それだけ言うと頑張ってね〜、と言って出て行く。
 もう溜め息しか出ない……

空  「今日はどうしますか?
    リンの話だと大学に向かうのは得策ではない気もしますが」
夏海「まぁ、公人次第でいいんじゃない?」
公人「何となく二人の台詞を聞いていると、昨日のように一緒に出かけるように
    聞こえるね」
空  「それは当然です。私の使命は公人さんをあらゆる障害から護り切ることです」
 きっぱりと言い切る。
夏海「公人は昨日の一件でしっかりマークされたと思うし、離れる事は危険ね」
公人「一体誰のせいで巻き込まれたのか聞きたい」
夏海「伊達ね」
空  「伊達さんです」
 間違ってはいないが正解でもなかった。

公人「今日は昨日のお詫びに『せしる』でも行こうか」
 ぶっちゃけ勉強どころの話じゃない。昨日のような状態になったらと思うと鬱になって何もする気が起きない。
夏海「そうね。迷惑かけちゃったし」
空  「では、お詫びにお菓子でも作って持って行きましょう」
夏海「じゃぁ、クーの手伝いしてあげるか〜。片手じゃ作れないでしょ」
空  「はい。片手では無理なものはお願いします」
 そう言って二人はキッチンへ向かった。



12-05

 片手、しかも左手だとは思えない手際の良さで準備を進めるクー。
 夏海も手伝ってはいるが、クーの手際に驚いているようだ。
夏海「結局手伝うところなんて殆どないじゃない」
公人「利き手じゃないのに、そんなこと思わせない動きだったな」
空  「元々左利きなのですが、右利きに躾け直されましたので左手も使えるんです」
公人「じゃぁ、箸も左手で……」
空  「お箸は左手で使った事がないので、今日も公人さんに食べさせて頂くしか
    ありません」
 きっぱりと先手を打たれる俺。
 そして菓子作りが終わるまで騒いで過ごした。

 菓子の詰まった袋を手に『せしる』へ。ガラン、という音を立てて開く扉。
益田「いらっしゃ〜い」
夏海「マスター、昨日のお詫びにって、クーがお菓子作ってきたんだけど〜」
益田「気にしなくていいって言ったのに〜」
空  「そうはいきません。これをどうぞ」
 クーはカウンターに袋を置く。
益田「じゃぁ、ありがたく頂くよ。それはそうと、言わなきゃならない事があるんだ。
    公人君、おめでと〜〜」
公人「はい?」

益田「来店5739人記念のお客様として、粗品を進呈いたしま〜す」
 微妙な沈黙に包まれる店内。だた一人、クーは素直に拍手している。
公人「え〜と、そんな半端な数字なのに記念ですか?」
益田「じゃぁ、6000人記念で〜す。おめでと〜〜」
公人「いきなり増えた261人はどこにいるんだ……」
益田「細かいところは気にしなくてもいいよ」
空  「マスターは豪快ですね。いっそ1万人記念にしましょう」
益田「10000人記念で〜す。おめでと〜〜」
 3人から暖かい拍手を受ける俺。あ、夏海は呆れてるか。
益田「粗品進呈には少し時間がかかるから、それはまた後でね」
 粗品用意してないとことか、何か適当な感じを受けるんだが……



12-06

益田「それじゃ飲み物は奢るから、クーちゃんのお菓子を頂こうか〜」
夏海「それじゃお詫びにならないからいいですよ」
益田「こんなに多いと食べきれないからね。はいはい、座って座って」
 結局断り切れずカウンターで談笑する。
益田「クーちゃんのお菓子は相変わらず美味しいね〜」
空  「褒めて頂いて嬉しいです」
夏海「まぁ今回のは手を怪我してるからいつも通りとはいかないけど、充分すぎる
    くらい美味しいわね」

益田「そうだ、クーちゃんもここでバイトしない?」
空  「申し訳ないのですが私は公人さんと一緒にいたいのでお断りします」
公人「ぉぃぉぃ、よりによって理由はそれか」
夏海「むぅ……」
 またクーの発言によって考え込む夏海。嫌な予感がする……
益田「じゃぁ公人君も一緒にバイトすればいいんだね」
公人「え?」
 沈黙。そしてクーはマスターの言葉に頷く。
空  「公人さんと一緒であれば断る理由がありません」
益田「じゃぁ、夏海ちゃんと一緒のシフトの方がいいよね〜」
夏海「決定」
 既に断れない空気を作り出す三人に頭を抱えた。

公人「でも三人一緒だとシフト偏りすぎませんか?」
 最後の抵抗を試みる。
益田「夏海ちゃんがいない時は一人でも充分人手は間に合ってるから大丈夫。
    それにクーちゃんが入れば客足は倍増間違いないからね〜」
夏海「マスターの見解は正しいわね」
 最早引く事を許さない鉄壁の布陣。
公人「でも二人がいれば俺の仕事はないような……」
益田「大丈夫。何か仕事探しておくし、暇なら休憩してればいいから」
 それは既にバイトですらない。
夏海「それじゃバイトの件は決定という事で乾杯〜」
 最近とみに影薄いよな俺……



12-07

夏海「あ。クー、そろそろ服買いに行こうか」
空  「そうですね。公人さんを陥落する為にもお願いします」
 微笑ましいものでも見るような笑顔のマスター。
夏海「公人も来る? 実際に反応見た方が判断しやすいし。下着も買うけどね」
 意地の悪い笑顔を向ける夏海。
公人「二人で行ってこい……」

 二人は買い物に向かう。疲れ果てカウンターに突っ伏す。
益田「公人君モテるねぇ〜。羨ましい限りだよ」
公人「実際の状況を知っていたら、そんな台詞は出ませんよ」
益田「まぁ、そうだろね〜」
 あはは〜と笑うマスター。
益田「あぁそうだ、粗品渡さなきゃ。公人君、バックヤードまで来て貰える?」
 断る理由もないので、マスターとともにバックヤードへ向かう。

 食材や備品のダンボール箱が並ぶ棚の突き当たりまで行くと、壁際を探り出す。
 すると、壁がスライドし下り階段が現れる。振り向き笑顔を向けるマスター。
益田「さぁ、行こうか」
 何か嫌な予感がしつつも、マスターの雰囲気がいつもと違うような気がして断れなかった。

 地下室は何に使うのか分からない機械が並ぶ部屋になっていた。
公人「ここは一体何です……」
益田「分かりやすく言うと喫茶店の地下なんだけど。そんなのを聞きたい訳じゃない
    よね〜」
公人「……それくらいは分かりますからね」
 マスターはこちらを振り向くと口を開いた
益田「ようこそ、有限秘密結社へ。君は今日からヒーローになる」



12-08

 デパートの屋上。給水塔の傍に二人の女が立っていた。
 一人は全身を覆う白いマントに儀礼用のような装飾の施された長い杖を持ち、もう一人は腰までの黒いマント。その下は複雑な構成で成型されたボディスーツにフレアが付いた服を着込んでいた。
 材質さえ違えばエアロビクスでも始めるのかと思わせるいでたち。
 それだけでも特殊な二人だったが、頭から顔まで覆うマスクが現実とは異質な美を強調していた。

 屋上に設置された特設ステージではマイが歌い踊る。
 熱狂する観客と、簡易テーブルでグッズを売りさばく黒服達。
 そこに突如、先程の二人が舞い降りる。
マイ 「な…… 来栖に華姫。なぜここにいるのよっ」
 来栖と呼ばれた白い女は儀礼杖を舞台に突き、答える。
来栖「君は少しやりすぎた。一般人を巻き込むのはルール違反だな」
華姫「まぁ、貴女のように力を持たない者には一般人を相手にするか、不意打ち程度
    しか選択肢はないかも知れないけど」
 黒い女、華姫はそう言うと腕を組み直し、マイを見下すようなポーズを取る。
マイ 「ふん、そんな事言っておきながら二人してやって来るなんて、私を倒す自信の
    なさの現れなんじゃないの〜」
 観客は何が起こったのか分からずざわめき出す。

来栖「そんな瑣末事知らないな。君の処分が決まる前に退場願おうという優しさだよ」
華姫「それに私は貴女が卑怯な手を使わないように監視するだけ。貴女程度に二柱
    が相手するなんて自惚れないで欲しいわね」
 マイが合図すると、舞台のソデから十数人の黒いタイツ男達が現れる。
マイ 「来栖程度、私と部下だけで充分だわ。私をナメた事、後悔させてやる!」
 部下に合図するマイ。一斉に飛び掛ったタイツ男達は空中で全員弾き飛ばされる。
マイ 「何…… 一体何をしたの!?」
 来栖は前に一歩出ると、左腕を軽く差し出し中指を親指で軽く押さえる。
来栖「デコピンだ」
 黒タイツの男達は額から煙を上げて失神していた。




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2006-02-09 作成 - 2006/10/12 更新
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