R15指定 長編SS

陸海空 -Caress of Venus-

第一章 第九話 -通算 第十五話-

第十五話 小文字版

ALL YEAR AROUND FALLING IN LOVE -I-



15-01

夏海「結構長居しちゃったし、そろそろ帰ろうか〜」
益田「そういえば渡し忘れていたね。はい、車の鍵」
 マスターはそう言うと、俺の前に楕円形の部品を置く。あ〜、知性化錠ってやつね。
夏海「なに、その車って」
公人「粗品として自家用車一台貰った……?」
 あまりにも現実離れした粗品で、貰ったと言うのも違う気がして微妙な返答になる。
空  「おめでとうございます。車を粗品として用意してたのでは、すぐに渡す事が
    出来ないのも頷けます」
 やはりクーも粗品の件は疑問だったようだ。
 しかし、ツッコむ部分はそこじゃない。

夏海「粗品で車用意しておくなんてマスターも太っ腹ね〜」
益田「車があると便利だろうと思ってね〜。でも、公人君は貰うのは気が引けるらしく
    て話し合った結果、間を取って100万だけ支払って貰う事にしたんだよ」
空  「さすが公人さんです。その奥ゆかしい態度はとても好感が持てます」
 クーの意見に反対する者はいないようだ。喫茶店の記念品として根本的に間違ってるだろ……

空  「……しかし、公人さんに借金をさせるわけにはいきません。明日にでも残金を
    用意させて頂きます」
公人「ちょっと待て。それは恐ろしく間違ってる」
夏海「クー、抜け駆けはさせないわよ。公人を借金で縛り付ける魂胆がみえみえね」
空  「私は借金などで公人さんを縛り付けるつもりはありません。ただ、それに見合
    った誠意ある行動を示して頂ければ本望です」
夏海「本音が出たわね…… その借金は私が払っておくからクーは黙ってなさいっ」
公人「あの…… 俺が自分で払うから……」
 不毛な言い争いを続ける二人。
 俺の声は多分聞こえているのだろうと思うが、スルー。
益田「二人とも楽しそうだね〜」
 マスターも楽しそうだった。



15-02

公人「あ〜。第三者的な視点からなら楽しめそうですね……」
益田「どちらか片方に決められれば少しは楽になると思うけど、それも難しいよね〜」
 いつも通りの笑顔で笑うマスター。
公人「ここ数日で周囲の状況すべてが変化してしまって、正常な判断ができないん
    ですが。マスターだったら決められますか?」
益田「う〜ん、僕は奥さん一人だけだったし、参考にはならないと思うよ? 出会って
    から今まで刺激的な日々を送ってるって点は似てるけどね〜」
 気が付くと二人は言い争いを止め、マスターの話に身を乗り出して聞いていた。
益田「…………」

夏海「マスター、興味深い話ね」
空  「是非とも続きをお聞かせ願います」
 二人に詰め寄られどうしようか、と考え込むマスター。
益田「話は変わるけど、借金がなくなると公人君がバイトする理由がなくなっちゃうよ」
 今度は二人が悩む立場になった。

夏海「よしっ、公人の借金は200万からスタートで決定!」
空  「あまり賛成したくないですが、やむを得ません」
 ぉぃぉぃ。実際には借金ないからいいけど、それはあんまりじゃないか?
益田「それだと粗品を別に用意しないといけないね〜」
公人「いや、それ以前に200万ってとこにツッコミ入れて下さいよ」

空  「……名案があります。公人さんを従業員の福利厚生の為に雇って頂ければ、
    私がその分を補って余るほど働きます」
夏海「そうね〜。どうせ公人が出来る仕事なんて限られてるんだし、私達が休憩する
    時に時間空けてくれるなら今の二倍は働けるわね」
益田「頼もしいな〜。じゃぁ、それが粗品としての条件で決定ね〜」
公人「俺の意思は無視ですか……」
夏海「それじゃ公人は借金を返せる当てはあるの?」
 今更借金はないと言えない俺は条件を呑むしかないのか……



15-03

益田「明日から早速三人には頑張って貰おうか〜」
空  「はい。なにぶん初めての事なので至らない点もあるとは思いますが、ご指導
    ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます」
夏海「硬い。そんなの『これからよろしく〜』でいいのよ」
公人「夏海は柔らかすぎだ……」
益田「あまり堅苦しく考えなくていいから。じゃぁまたね〜」
 あはは〜と笑うマスターに見送られながら駐車場に向かう。

空  「これが公人さんの車ですか?」
 喫茶店に入る前にガレージから出しておいた車を前に、クーが珍しい物でも見るように聞いてくる。
公人「実感はないんだけど、そんな感じらしい」
夏海「へ〜、粗品っていうからどんな車かと思ったら結構、いい車じゃない」
公人「マスターいわく、スーパーカーだそうだ……」
 ふと目を合わせる二人。その瞳の輝きに背筋が凍る。

空  「夏海、車の座席で一番安全なのは後部座席と聞きます。助手席は私に
    任せて、安全な座席でリラックスしていて下さい」
夏海「あら、同じ事考えていたようね〜。リアシートにはクーが乗っていいわよ」
 火花を散らしながらジリジリと間合いを取り続ける二人。まさに戦闘体勢。
公人「ぁ、あの〜。今からどこか寄ってそこで交代するというのはどうかな……」
空  「その案は喜んでお受けしますが、これはまた別問題です」
夏海「そうね、これだけは今決めないと意味がないわ」
 暮れかかる空を見上げ溜め息を吐いた。

空  「快適ですね。私はこの車が気に入りました」
公人「確かにコンパクトカーっぽくないね」
 助手席には冷静に車の評価をしつつも、どことなく嬉しそうなクー。夏海はリアシート
 に崩れ落ちている。
 ジャンケンは神聖だ、諦めろ……



15-04

空  「ところでどこに向かう予定ですか?」
公人「う〜ん、どこか行きたい所ある?」
夏海「……高台の公園」
 力なく起き上がりつつ呟く夏海。確かに歩きで向かうには遠いし、丁度いいかも知れない。
空  「では公園でお願いします」
夏海「ふん、リアシートに一番最初に乗ったのは私なんだから。
    今のうちに満喫してやる」
 そう言ってごろごろとシートに張り付く。
 お前は猫か……

 公園の駐車場に着いた頃には日も暮れかけ、空が紅く染まっていた。
夏海「さすがに、この時期に来ると肌寒いわね。もうちょっと厚着してくれば良かった
    なぁ」
 そう言いつつ腕に絡み付いてくる。勿論クーも。
空  「しかし、横に公人さんがいて下さるので、私は心地よいです」
公人「こんな所で腕組むのはやめろ」
夏海「そんなの気にする必要ないわよ。殆ど車も停まってないじゃない」
空  「そろそろ秋も終わり冬になりますから、好んで人が来るような場所ではない
    です」
 そのまま二人に導かれ、街を一望できる場所まで歩く。

 視界いっぱいに広がる街並み。駆け足で暮れていく時間の街には、ちらほらと街灯が灯り始める。
空  「……綺麗ですね」
夏海「風がなければもっと良かったのに……」
 風に舞う髪を押さえながら縮こまる夏海。遮蔽物の少ない展望台は風が強い。
 組まれたままの腕を背中に廻すと二人を抱き寄せる。
公人「少し寒いね」
空  「公人さんは暖かいです」
夏海「折角の景色が見られないのは残念だけど、我慢してあげるわ」

 柔らかく抱き付いてくる二人を優しく包み込みながら考えていた。
 ヒーローになれば平和な日常を守れるのか。
 マイのようなバケモノから二人を護りきれるのか、と。



15-05

 今度はナビシートに夏海が座る。
公人「そういえば車はどこに停めておけばいいかな?」
夏海「敷地内にガレージがあるから空いてる所に停めたら?」
空  「ガレージはリンが主に使用していますが、車を停めておくスペースは空いている
    と思います」
公人「じゃぁ、邪魔にならない所にでも停めさせて貰うかな」
 屋敷に到着し、荷物を抱えて二人が降りる。
夏海「問題ないとは思うけど、リンのおもちゃの近くに置かない方がいいわよ」
空  「玩具なのかは分かりませんが、念のため離れた所に停めた方が無難です」
 二人の台詞に首を傾げながらもガレージに向かった。

 ガレージらしき建物の前に立つ。屋敷の大きさにも驚いたが、これもデカイ。
 2階建てかと思ったが、入り口の巨大な金属製の扉を見て吹き抜けの建物だと気付いた。
公人「うゎぁ…… 重そうな扉だな……」
 試しに軽く引いてみると軽々と開く扉。絶妙のバランスで取り付けてあるらしく、殆ど力を必要としない。
 無用心だなぁ、と呟きつつ扉を開けると、車のライトに建物の内部が照らされる。
公人「……何、コレ」

 大小様々な機械が壁際に並び、ハンガーらしきモノまである。
 極めつけは巨大な保管庫だ。
 少なく見積もっても1階建ての建物くらいの高さがある。
公人「これは、見なかったことにしよう。うん……」
 入り口付近の何も置いていない空間に車で乗り入れると、扉を元通りに閉め屋敷に戻った。

 精神的な疲労感を覚えながら屋敷の扉を開けると、二人の声に迎えられた。
夏海「おかえりなさぁ〜い、ご主人様」
空  「おかえりなさいませ、ご主人様」
 目の前には萌え産業に特化したメイドが二人かしずいている……
公人「……えっと、なぜメイド服着てるの?」
空  「公人さんが以前、メイド服が好きだ、と言っていたので探してきました」
 うん、否定はしないけど。頭のソレはヘッドドレスじゃなくてボンネットだから。





作者注
ヘッドドレス:広義では頭部を覆うモノの総称だが、ここではカチューシャ・ヘアバンド
        状の髪飾りを示す。メイド服のオプションとしてはヘッドドレスと呼ばれる事
        が多い。
        頭部の装飾や保護を目的とされていたが、時代的背景の変移により、
        地位や職種などを示す儀礼的な意味合いが強くなった。
ボンネット :襞付きの布で縫製したあご紐の付いた女性・子供用の帽子で、額を出し
        顔を縁取るように被る外出用の帽子。
        ゴスファッションとしては髪飾りとしてリボン、ハット、ボンネットを好む傾向
        がある。




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2006-02-09 作成 - 2006/10/12 更新
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