短編SS
一般作品
勝負 大文字版
勝負
四時間目終業の鐘が鳴り響き、先生が教室から出て行く。
昼食を求める者たちでざわめく教室を、クーは最短距離でこちらに進んでくる。
「待たせたな、今日もたくさん用意した。存分に味わってくれ」
「おう、この時間を待ち焦がれていたぜ」
目の前に置かれた二段重ねの重箱。
一人で食べるには大きすぎるが、二人で食べるのなら丁度いい量だ。
『なんでこんなヤツに……』『クーさん、俺にも分けてくれ──』以下略。
クーに弁当を用意してもらうようになって数ヶ月が経ち、俺は周囲の嫉妬の声を聞き流せるようになっていた。
事の始まりは数ヶ月前に遡る。
同じ陸上競技のスプリンターとして、クーが持ちかけてきた提案。
『100m走をして、勝者は敗者に一つだけ好きな事を命令できる。というのはどうだ?』
さほど速いとは言えない記録しか持っていない俺でも、女子の中では抜群に速いといえるクーより、少しだけ分がある。
『そういえば、キミは学食を使っていたな。料理の一つも出来なければ女として問題があると言われてしまってな。キミさえ良ければ私がお弁当を用意するというのはどうかな?』
少し悩んだが、それは魅力的な提案だった。
毎日部活後に行う勝負のために練習に身も入るし、昼食代が浮けば小遣いの使い道も増える。クーも料理を食べてくれる相手がいれば腕の振るい甲斐があるそうだ。
『では、明日も勝負しないか? お互い利点ばかりで拒否する理由もないと思うが』
そう言われると確かに利点だらけだ。俺たちは二つ返事で約束を交わした。
油断は出来ないものの、今まで全戦全勝で何とか凌いでいる。
ただ、初日からいきなり問題になったのが、弁当を詰め込む重箱だ。
二人で食べることを前提に詰め込まれているためにそれぞれが別れて食べる事も出来ず、周囲の冷やかしと嫉妬の声に俺は悩まされた。
『私と一緒では食べられないのか? それならば他の誰かと食べるしかないかな』
そう言うとクーは黙々と食べ始め、俺は周りから伸びてくる男どもの手から重箱を守りながら、自棄になって食べるしかなかった。
話を聞くと、他に使えそうな弁当箱がないとのことで、かといってクーに買わせるわけにもいかないし、周囲に冷やかされながらも重箱弁当は続いてきた。
『今まですまなかった。今月はお小遣いも何とかなりそうだから、お弁当箱を用意するよ』
その頃には俺も冷やかしに慣れ、周囲も半分呆れ果てたのか嫉妬に燃えるヤツ以外は沈静化していた。
これ以上クーに負担をかけるのも悪いので俺が払うと言ったが、勝者が出すのはおかしいと言い返され話は平行線を辿っていた。
『どちらも払うと言って譲らないなら、今までどおり重箱で構わないかな?』
クーのように冷静とまではいかないが、度胸が付いてきた俺はそれに従う事にした。
「今日のお弁当の出来はどうかな?」
「また一段と料理が上手くなってるな。最初の頃とは大違いだ」
「段々キミの嗜好がわかってきたからな。今では朝夕の食事も私が作っているくらいだ」
「これなら毎食でも飽きないだろうな」
「キミのためにお弁当を用意することで上達した。感謝している」
俺は横から伸びてきた手を叩き落とす。
クーとの食事を邪魔するヤツを払うのは俺の役目だ。
「これは勝者の特権だ。勝負にも参加してないヤツには食わせん」
そう言って俺は料理をつまむ。
「そうだな、彼女でも作ってみたらどうかな? 手作り弁当を用意してくれるかもしれない」
クー、それはある意味禁句だ。俺には言えない……
昼食も終わり食後のお茶を飲んでいると、クーはいつもの冷静な口調で切り出してきた。
「ところで、明日は私の誕生日なのだが」
「そうなのか、おめでとう。いつも弁当を用意してもらってるお礼に誕生日プレゼントを用意するよ」
「キミからプレゼントを貰えるのは嬉しいな」
「クーのおかげで少しは小遣いに余裕があるからな」
「そう言ってもらえると私も嬉しい。だが、勝負の手は抜かないようにな」
そう言うと、いつも以上に厳しい目付きでこちらを伺ってくる。
そうは言われてもクーには感謝してるし、誕生日くらい何かしてあげたい気持ちもある。
午後の授業の間も、部活の練習の間も、そんな事を考えて過ごした。
部活後の勝負の時間になった。
俺たちの他にいつものギャラリー兼審判が数人残っていてくれる。審判はいつもの部長だ。
「昼にも言ったとおり、手を抜かないで貰おう」
「勝負事で手を抜くようだったら、今までの勝ち分をそのままクーに返しなさいよ」
ギャラリーが好き勝手な事を言ってくるが、確かに手を抜くのはクーに失礼だ。
クーとともにスタートラインに並び、気合を入れ直す。
今回も勝つのは俺だ。
100m走り切り、膝に手をついて息を整えているクーに話しかける。
「今回の勝者特権は『クーの望みを叶えたい』に決めた。敗者は命令に従えよ」
クーは驚いたような表情を浮かべ、こちらを見上げてくる。
「いいのか? そんなので」
頷いた俺の肩に手をかけて姿勢を直すと、その勢いのまま抱きつきキスしてくる。
軽くパニックに陥る俺と、どよめくギャラリー。
「い、いきなり何する!」
「今から次の勝負までの間、私の望みを叶えて貰うだけだ」
そう言うとクーは更に抱き付いてくる。
「あー、仲いいのはわかったから、人前でいちゃつくの禁止ね」
「いや、別に俺たちは仲いいとか、いちゃつくとかないですから!」
「あれ? だって付き合ってるんでしょ。私たちの学年にまで噂流れてるくらいだし」
部長の発言に俺は硬直する。
「残念ながらまだです。ですが、着実に外堀から埋めていますので、もう少しかと思います」
「二人は真面目に練習してるし、タイムも順調に伸びてるから問題行動を起こさない限りとやかく言わないけどねー」
「外堀とか問題行動とか一体どういう事だ──!」
「一緒のお弁当を食べる事で着実に恋人同士として認識されているはず。すべて計画通りに」
「明日はクーの誕生日なんでしょ? 部活休んでデートしていいよ。真面目にやってるご褒美」
「あの、別に俺たちまだ付き合ってるとかじゃなくて……」
「明日は記念すべき恋人としての始まりだ。記念ついでに学校休んでデートしないか?」
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