銀世界 -II- de 速読

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銀世界 -II- 「さて、ここからが問題だ……」 放課後の廊下。生徒の騒ぎ声がこだまする校舎の中で、壁に背を張り付ける。 左手には階段、右手には廊下。首を伸ばすように通路を伺う。 「よし、誰もいないな」 「いないようだね」 足元から聞こえる抑揚のない声にただ頷き、廊下を横切ろうと── 「ところで、こんな場所で何してるの?」 慌てて振り向くと、座り込んでこちらを見つめる少女が一人。 騒動の発端。無敵の不思議系、クーがいた。 「なっ…… 誰のおかげで俺がこんな羽目になったのか分かってるのか!?」 「もしかしてボクのせい?」 心当たりがないとでも言いたげに、涼しげな表情のまま首を傾げる。 我が道を突き進むクーには、間接的に指摘しても意味がない事を知った。 「俺が口止めしたにも関わらず、クラスに全員揃ってる状態で告白してきたのはお前だ」 「放課後まで待ってたら誰かに先越されちゃうかもしれないでしょ?」 涼しげな表情は一切変えず、淀みなく言い切る。 「とにかく、連中に見付かったら只じゃ済まないんだ。こんな所で──」 「理由は分からなかったんだけど、助けようと思って鍵借りてきたよ。付いて来て」 鍵の付いた木札を揺らし軽く微笑む。 くるりと反転すると階段を昇っていく。今気付いたが、肩には大き目のバッグ。 逃げ込む場所の当てなんて思い付かないので、仕方なく付いてゆく事にした。 クーはリズミカルな足音を立てながら階段を昇る。 時折後を振り向いては付いてくる事を確認し、微かに目を細める。 少し前まではこんな雰囲気でクーと話すようになるとは思わなかった。 誰とでも気軽に会話するクー。よく笑うが、何を考えているのか分からない冷静な表情。 容姿だけ見れば、どこにでもいそうなちょっと可愛い女の子。 どことなくセンスのずれた不思議な言動。とてもユニークだ。 そんなことを考えながら階段を昇って行くと、屋上に続く扉の前でクーが鍵を開けていた。 「屋上に上がる許可なんて誰に取ったんだよ」 「ん? 誰にも言ってないよ」 「なっ、それじゃどうして鍵なんか持ってるんだ!?」 「無断で借りてきた」 そう言うと扉を開き、腕を絡めて引っ張る。 「気にしない気にしない。早くしないと見付かるよ」 屋上は先日の積雪の名残で一面の銀世界になっていた。 こんな時期に屋上を使おうとする者はいないので、誰にも荒らされていない雪。 それが公園での一件を思い浮かべさせる。 「うわ、冷た〜い」 くるぶしまで埋まった足を引き抜くと雪を払う。 「そりゃ雪だし……」 「この間もこんな雪景色だったよね」 クーは振り向いてにっこりと微笑む。 同じ事を考えていた事に気恥ずかしさを覚え、顔が紅くなるのを感じる。 「キミって結構照れ屋なんだね。ちょっと得した気分」 そう言ってバッグからレジャーシートを取り出し足元に広げる。 「何が得なんだか理解できねぇって」 「だって他の人はそんなこと知らないと思うよ?」 軽く微笑むと、少し大きめの座布団を手渡してくる。 「はい、そこに座って」 確かに立っているのもおかしいので、レジャーシートの上に座布団を敷き、座る。 「準備がいいな。普通、座布団とかレジャーシートなんて学校に持って来ないだろ」 「そう? 屋上では必需品だと思うけど」 「前提が間違ってる。この学校じゃ、まともな生徒は屋上に縁がない」 クーは、えへへ〜とでも言い出しそうな表情で頭を掻く。 「もう少し場所詰めて。ボクが座れない」 場所を詰めろと言われても、レジャーシートは大きく、空いている場所はたくさんある。 「お座布団は1つしかないの。それともシートの上に座らせるつもり?」 その台詞に、慌てて座布団の端に寄る。空いた場所に腰かけるとクーは腕を絡ませてくる。 「そんなくっついてくる事ないだろ……」 照れ隠しにぶっきらぼうな口調で言い放つ。勿論顔はクーの反対側に向けている。 「二人用じゃないから無理。──そうそう、寒いでしょ。飲み物もあるよ」 そう言うとバッグの中から缶紅茶を取り出し、プルトップを引き開ける。 「はい、熱いから気を付けて」 手渡された紅茶は少し冷めていたものの、まだまだ素手で持つには熱いくらいだ。 相変わらずの感情を読めない表情。じっと見詰められると気恥ずかしくなる。 そんな感情を振り払うように缶紅茶を傾ける。少し熱いが何とか飲める。 うんうん、と頭を上下させるクー。 「落ち着いたところで返事が欲しいんだけど、ボクの事は好き?」 唐突にかけられた台詞に、飲んでいた紅茶を噴き出しそうになった。 クーはこぼさないように紅茶を受け取ると、心配そうに顔を覗き込んでくる。 「大丈夫?」 「何とか大丈夫…… 突然言われたからむせただけ」 「ボクはキミのことが好き。でも、キミが他に誰か好きなら今回は諦める……」 紅茶の缶を指でもてあそびながら、うつむきつつ呟く。 そんな仕草がとても可愛らしくて、普段の何となく冷静な印象とのギャップに戸惑ってしまう。 「クーのこと、す……好きだけど、彼女とか恋人っていう関係がいまいち分からないんだ」 手に持った紅茶を傾け、喉に流し込むクー。一息ついてこちらを振り向くと抱き付いてくる。 熟した果実のように柔らかく、暖かな唇が静かに重ねられる。 突然の出来事に硬直する俺から身体を離すと、にこやかに笑う。 「ボクも初めてだからよく分からないけど、こういうことだと思うよ?」 混乱したまま雪景色を背にしたクーを見詰める。クーは紅茶の缶に口を付けながら微笑む。 白銀の世界でのファーストキスはレモンティーの味がした。





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2006-07-06作成
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