屋上は先日の積雪の名残で一面の銀世界になっていた。
こんな時期に屋上を使おうとする者はいないので、誰にも荒らされていない雪。
それが公園での一件を思い浮かべさせる。
「うわ、冷た〜い」
くるぶしまで埋まった足を引き抜くと雪を払う。
「そりゃ雪だし……」
「この間もこんな雪景色だったよね」
クーは振り向いてにっこりと微笑む。

同じ事を考えていた事に気恥ずかしさを覚え、顔が紅くなるのを感じる。
「キミって結構照れ屋なんだね。ちょっと得した気分」
そう言ってバッグからレジャーシートを取り出し足元に広げる。
「何が得なんだか理解できねぇって」
「だって他の人はそんなこと知らないと思うよ?」
軽く微笑むと、少し大きめの座布団を手渡してくる。
「はい、そこに座って」

確かに立っているのもおかしいので、レジャーシートの上に座布団を敷き、座る。
「準備がいいな。普通、座布団とかレジャーシートなんて学校に持って来ないだろ」
「そう? 屋上では必需品だと思うけど」
「前提が間違ってる。この学校じゃ、まともな生徒は屋上に縁がない」
クーは、えへへ〜とでも言い出しそうな表情で頭を掻く。

「もう少し場所詰めて。ボクが座れない」
場所を詰めろと言われても、レジャーシートは大きく、空いている場所はたくさんある。
「お座布団は1つしかないの。それともシートの上に座らせるつもり?」
その台詞に、慌てて座布団の端に寄る。空いた場所に腰かけるとクーは腕を絡ませてくる。
「そんなくっついてくる事ないだろ……」
照れ隠しにぶっきらぼうな口調で言い放つ。勿論顔はクーの反対側に向けている。
「二人用じゃないから無理。──そうそう、寒いでしょ。飲み物もあるよ」
そう言うとバッグの中から缶紅茶を取り出し、プルトップを引き開ける。
「はい、熱いから気を付けて」
手渡された紅茶は少し冷めていたものの、まだまだ素手で持つには熱いくらいだ。

相変わらずの感情を読めない表情。じっと見詰められると気恥ずかしくなる。
そんな感情を振り払うように缶紅茶を傾ける。少し熱いが何とか飲める。
うんうん、と頭を上下させるクー。
「落ち着いたところで返事が欲しいんだけど、ボクの事は好き?」
唐突にかけられた台詞に、飲んでいた紅茶を噴き出しそうになった。
クーはこぼさないように紅茶を受け取ると、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫?」
「何とか大丈夫…… 突然言われたからむせただけ」
「ボクはキミのことが好き。でも、キミが他に誰か好きなら今回は諦める……」
紅茶の缶を指でもてあそびながら、うつむきつつ呟く。
そんな仕草がとても可愛らしくて、普段の何となく冷静な印象とのギャップに戸惑ってしまう。

「クーのこと、す……好きだけど、彼女とか恋人っていう関係がいまいち分からないんだ」
手に持った紅茶を傾け、喉に流し込むクー。一息ついてこちらを振り向くと抱き付いてくる。
熟した果実のように柔らかく、暖かな唇が静かに重ねられる。
突然の出来事に硬直する俺から身体を離すと、にこやかに笑う。
「ボクも初めてだからよく分からないけど、こういうことだと思うよ?」
混乱したまま雪景色を背にしたクーを見詰める。クーは紅茶の缶に口を付けながら微笑む。
白銀の世界でのファーストキスはレモンティーの味がした。



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© ◆ForcepOuXA


2006-02-15作成 2006-08-24更新
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