素ク水


「夏だ」
 左手を腰に当て、右手で日差しをさえぎるようなポーズを取った委員長が、
海を眺めながら快活に言い放つ。
 修学旅行で南の孤島に来ているという状況は理解できる。
 だが、自由行動の時間でもないのに二人きり。しかも委員長は不思議な事に旧スク水姿だ。

「まあ、夏だよな……」
「なんだ、その呆れたような目付きは。まるで全て私のせいだと言わんばかりじゃないか」
 委員長はこちらを振り向くと、両手を腰に当てて非難するような視線を向けてくる。
「到着してからアレがない、コレはどこだ、と団体行動を乱したばかりか、迷子になった
ヤツの台詞じゃないな」
 委員長は小さく呻くと、胸を張った状態から徐々に上半身を倒していく。
「それになんだ、その水着は。泳ぐ気マンマンじゃないか」
「安心したまえ。私がいなくても副委員長がクラスをまとめるだろう」
「つーか、何で旧スク水なんだよ。俺たちの学校のと違うだろ」
「華美な物でない限り自由に選んで持ってきていいと聞いている」
 委員長は、まるで自分は間違っていないとでも言うように口を軽くゆがめる。
「だ、か、ら。 なぜ自由に選んでいい状態で旧スク水なんて持ってくるんだよ!」
「兄に相談したところ、キミを誘惑するにはコレくらいが丁度いいと言われてな」
「俺はそんなに特殊な性癖持ってないわ!」
「む、キミは学校指定のスク水の方が好みか? それならば今すぐ着替える」
「……なんでそう、スク水フェチにしたがるかなぁ」
 あまりにも突飛な発言の応酬に軽い脱力感を感じる。
 つーか、委員長のお兄さんは旧スク水フェチなのか……

「何を脱力している。これを理解すればキミもこの水着の素晴らしさに気付くだろう」
 返答する気力もないので、両肩から力を抜いたままの姿勢で視線だけ委員長に向ける。
 すると、委員長は勝ち誇ったようなような視線で、その細い指を水着に沿わせる。
「この繊細な縫製技術が生んだ優美なプリンセスライン」
 つつつ、と豊かな胸元から縦に延びる線に指を滑らせる。
「そして試行錯誤の末、構造上の欠陥を解消するばかりか、腰部に彩りを加える水抜き」
 両手で軽く水抜き部分をつまむと、挑発するように軽くまくり上げる。
「めくるな──っ!」
「ふふふ……」
 委員長は薄く笑うと、流し目をこちらに向けながら、軽く舞うように反転する。
「この着用者の魅力を最大限に引き出すUバック」
 右手で長く伸びた後髪を引き寄せると、うなじから背中にかけての切れ込みを見せ付ける。
「仕上げは、旧スク水には不釣合いなほど成熟した体つきとの絶妙なアンバランス感」
 軽く背中を反らせるような姿勢を取ると、身体の凹凸を強調するようなポーズを取る。
 くっ…… これはかなりポイント高いかもしれない。

「ここまでしても、ダメか……?」
 先程までの挑発的な仕草から一転して、叱られた子供のような態度に俺は屈した。
「すまん、俺の負けだ…… 旧スク水の魅力。いや、委員長は最高に魅力的だ」
「そ、そうか! キミに認めてもらえるとは。こんなに嬉しい事はない」
 泣き出しそうな雰囲気のまま、俺の制服の袖を軽くつまんでくる。
「それで、俺を誘惑して何がしたかったんだ?」
 委員長はもじもじと胸の前で指遊びを始める。頬も軽く高揚しているようだ。
「あ、あの…… キ、キ、キス。して下さい……」
 先程、俺を掌でもてあそぶような超然とした態度で誘惑してきたとは思えないギャップ。
 知識ばかり先行して実力が伴っていないウブな委員長の姿に苦笑いしてしまう。
「それじゃ目をつぶって身体の力を抜いて」
「は、はい……」
 委員長の肩を軽く抱き寄せると、軽く唇を触れ合わせる。
 失敗しないためにも無理はしない。委員長の思い出に悪い印象を残さないために。
 しばらく触れ合わせたあと身体を離すと、委員長は真っ赤になって挙動不審になっていた。
「あ、ふふ、ファーストキス…… うれ、嬉し、です……」
 それだけ言うと力尽き、委員長は腕の中に倒れ込んでくる。
 うーむ、俺はどうしたらいいんだろう。
 水着姿の委員長。そして迷子。俺たちの修学旅行は波乱の幕開けで始まった。




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NEWVEL 小説ランキングの7月期ランキングで10位に入れました。
これからもこれを糧に頑張りますので、応援宜しくお願い致します。

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© ◆ForcepOuXA


2006-07-02作成 2006-08-24更新
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