R15指定 長編SS
序章 第二話 -通算 第二話-
第二話 小文字版
DIVE TO BLUE -II-
02-01
公人「まだ来てないよな」
午後1時30分、駅前。
読みかけの文庫本を取り出しベンチに座る。肌寒い気もするが天気はいいので快適だ。
夏海「あ〜、もう来てたんだ。暇人ね〜」
聞き慣れた声が聞こえたが、該当人物と違うので敢えてスルー。
夏海「……無視とはいい根性ね」
空 「お待たせしました」
目標の声紋と照合、多分合致。
顔を上げ声の方向を見上げると陸海さんと津川がいる。
二人とも厚手の単色ニットにジーンズ。色違いのペアルックか?
本をしまい立ち上がる。
公人「ちわ。俺も今着いたとこ」
空 「こんにちは」
公人「やぁ、津川。いい天気だね」
にこやかに挨拶。スルーした事に言及しない俺ルール。
夏海「はい、これ持って。クーも公人に持ってもらいなさい」
津川は笑顔で手提げ袋を差し出してくる。どうやら持たないと命に関わりそうな気配。
空 「では、行きましょう」
公人「あ〜、荷物重いでしょ。持つよ」
食材が入っているであろう袋を半ば強引に受け取る。仕方ないけど津川のも。
空 「重い方ばかりでは危険ですから、こちらを持って下さい」
公人「気にしなくていいよ」
夏海「全部持たせてもいいくらいだしね〜」
うむ、鬼だ。全部持ったら正直歩けないくらいにかさばるぞ。
02-02
公人「で、津川はなぜここにいる?」
思いの他ダメージを与えてくる袋と格闘しながら前を歩く二人に話しかける。
空 「私は話下手ですので退屈させてはいけないと思いまして夏海も誘って
みました。幸い仲が良いようなので名案だと思っていたのですが、ご迷惑
でしたか?」
夏海「ちょ、誰と誰が仲が良いって言うのよ! 友達のいない公人が可哀想だから
話しかけてあげてるだけなんだから!」
言いたい放題だな、おい。
空 「ですが、お茶会の事を聞き出して半ば強引に──」
夏海「クー、それ以上言ったら命の保障はしない」
ほ、ホンキだ……
公人「ま。まぁ、津川がメイド服着て接待する事で手を打とう」
夏海「そんな服持ってるわけないでしょ! 持ってるなら着てあげてもいいけど……
って、ホントに持ってそうだからやめとく」
空 「メイド服好きなんですか?」
夏海「こんな変態の言うこと真に受けちゃダメだって」
何とか危機的状況から脱したのはいいが、今度は俺がピンチ?
公人「え〜と、場を和ませようというか、好きかも〜とか──」
夏海「アンタ、マンガの読みすぎ。そんなに好きならその手の喫茶店があるん……」
と、言いかけて何かに思い当たったのか考え込む津川。
公人「ぃゃぁ、ハマったらヤバイだろうし」
空 「そういう趣向が好みであれば前向きに検討します」
呆れた表情でクーを見る。
夏海「だからぁ、そういう趣味に目覚めさせちゃダメでしょうが……」
02-03
空 「ここです」
立ち止まった家を見上げる。って、デカッ!
夏海「あぁ、ここねぇ貸家だから気にせず入って」
勝手知ったるといった感じで屋敷という風情の門を開け入って行く。
庭も広く、手入れするのも大変なんじゃないかと他人事ながら心配になる。
公人「貸家って言ったって家賃高いんじゃないのか?」
空 「知人の所有物件で、殆どタダ同然で貸してもらっています。きちんと払おうと
したのですが、人が住んでないと家が傷むのが早いと言われ、家賃の受け
取りにも難色を示されまして……」
夏海「安く借りられるんだからいいじゃない。その浮いたお金で恵まれない公人を
お茶会に誘ってあげれば」
あはは〜と屈託なく笑う津川。何気にヒドイ事を言い放つヤツだ。
公人「って、代金くらい払うって」
空 「ティーセットを揃えるところから、というわけでもないので殆どかかりませんよ。
安心して楽しんでいって下さい」
夏海「そうそう、安心して給仕に勤しんでいきなさい」
公人「俺に任せると言うなら紅茶が不味くなっても文句言うなよ」
夏海「……クー、アンタに任せる」
空 「最初からそのつもりですから公人さんも安心して下さい」
陸海さんがかすかに微笑む。普段の雰囲気が堅い分、見とれるくらいに綺麗だった。
02-04
屋敷に入ってリビングに通される。内装も外観と同様にシックな感じだが冷たい雰囲気はなく、むしろ温かみを感じさせる部屋になっていた。
公人「リビングもやっぱり広いな」
空 「ダイニングキッチンと一体のリビングですので、より開放感が増していますね」
夏海「キッチンも広くて一式揃ってるのがいいのよね〜」
料理好きのような事を話し出す津川にツッコミ入れそうになったが、本当に料理好き
である可能性がある事に気付き、咄嗟に口をつぐむ。
しかし、怖いもの見たさというか学術的探究心というか、聞きたいという欲求に負ける。
公人「……すまん。恐ろしい事を尋ねるが、もしかして津川は料理好きなのか?」
ピキっと露骨に固まる津川。ゼンマイ仕掛けのような動きで首をこちらに向け、にっこりと微笑む。
夏海「恐ろしい事って何かしら? 私が料理好きな事に関係してるのかしらねぇ〜」
オホホホホ、とアリエナイ笑い声を発しながら目が全然笑ってない。
空 「夏海はこう見えても料理が得意なんですよ。私は料理を夏海に習っていますし」
陸海さんの言葉に愕然となり立ちすくむ俺。
公人「世も末だ……」
夏海「なんですってー! あったまきたっ、今日は動けなくなるまで食べさせるから
覚悟しておきなさい!」
公人「ちょっと待て、お茶会って紅茶メインじゃないのか!?」
空 「お茶会の後に夕食もどうかと思いまして、公人さんの分も買って来たんです」
公人「…………えっと、胃薬ある?」
突発的ハリケーンが襲来した。
02-05
何とか津川をなだめ、お茶会の準備に取り掛かる陸海さん。
リビングのソファでくつろごうとするが、未だに津川注意報は発令中だったりする。
ここは生存率を高めるためにも予防線を張っておかなければ。
公人「津川は料理得意なのに手伝わなくていいのか?」
物凄い眼つきで睨まれる。うわぁ、低気圧停滞中……
夏海「クーは料理は人並みでもお菓子作りは天才的なのっ」
公人「そ、そうなんだ。でも、その天才に教えてる津川の料理も楽しみになるなぁ」
アハハ……、とぎこちなく笑いかける俺。
空 「料理は愛情だと聞きますので今夜の食事も美味しくなると思います」
夏海「え、ぁ…… きょ、今日は普通の出来栄えになるに決まってるじゃない」
公人「やっぱり美味しく食べたいからさ〜。量は程々にして貰えると一つ一つを
味わって食べられるんじゃないかな〜?」
夏海「まぁ、無理して食べさせたせいで味わえなかったとか言われて、評価下げられ
ても困るし考えておくわっ」
お、効果あったか!?
空 「では私も手伝いますので、少しずつ色々作りましょう」
陸海さん、トドメ刺すのはやめようよ……
02-06
空 「美味しく出来ているといいのですが」
テーブルの上にはティーポット二つに大きな皿に並んだスコーン、マフィン、スフレ。
当然ティーカップ、ミルクピッチャー、取り皿なども並んでいる。
公人「これって全部陸海さんが作ったの!?」
空 「はい、これくらいしか取柄はないので」
夏海「まったく完璧主義にも困ったモンよねぇ。出来ない事を探した方が早いって
のに」
どうぞ。とティーカップとスコーンの乗った取り皿を差し出してくる。
空 「それぞれのポットにはニルギリとダージリンが入ってますのでお好みでどうぞ。
クローデットクリームは食感優先で仕上げてありますので好みに合うか心配
ですが」
公人「クリームも手作りなの?」
夏海「ジャムもよ……」
そのこだわりに愕然としつつ紅茶を一口飲む。カルチャーショックはある日突然来る。
公人「え? 紅茶ってこんなに美味しかったっけ?」
夏海「クーの入れた紅茶を飲むと他の紅茶は飲めなくなるのよねぇ……」
空 「気に入って頂けたら嬉しいのですが」
紅茶独特の旨味とほのかな渋みが調和している。これが紅茶本来の味なのか。
夏海「愕然とするのはまだ早いから。その調子じゃスコーン食べたら涙出るわよ」
空 「それは言いすぎですね」
二人は静かに紅茶を飲み、菓子に手を出す。あの夏海にすらこんな表情をさせるとは。
スコーンを一口サイズに割りクリームとジャムを塗る。俺は生きて帰れるのか……
02-07
公人「…………」
夏海「お〜い、公人〜」
は! 魂が飛んでしまった。
紅茶とスコーンだけでこの破壊力とは陸海さん恐るべし。不味さで人を破壊するという存在はマンガなどでもあるが、美味さで人を廃人同然にする事が可能だったとは。
空 「お口に召しませんでしたか?」
少し悲しげに見える表情でこちらを伺う陸海さん。
公人「あぁ、そうじゃない。あまりに美味すぎてちょっと魂が抜けてた」
感情を表に出さない陸海さんの始めて見る満面の笑顔。
元々美人なのに、そんな邪気のない笑顔を見せられると照れてしまう。
夏海「ちょっと! そこで二人の世界作らないでよ。私もいるんですからね!」
公人「人聞きの悪い事を言うな。俺はただ陸海さんの笑ってる姿を初めて見てだな」
夏海「見惚れていたと言いたいわけ、ね」
にっこりと微笑む津川。どうしてだろう、二人の笑顔が全くの正反対に思えるのは……
空 「つまり、今は夏海の笑顔に見惚れているわけですね」
違うぞ、これは蛇に睨まれた蛙状態というのだ。
公人「あ〜、なんと言うか。綺麗な女性の笑顔は素晴らしく魅惑的だと思うんだが、
今の津川の笑顔には毒があるというか棘があるというか……」
空 「夏海は女の私から見ても魅力的ですから、例え棘があっても見惚れてしまう
気持ちは判ります。私も夏海のように華のある女性になりたいです」
夏海「ま、まぁ私もそれなりに見られる方だとは思うけど、そこまで持ち上げられると
変に意識しちゃうからやめてよね」
陸海さんの言葉が効いたのか俺の台詞まで良い方向にシフトしたらしい。
上手くおだてれば今後の毒発言が減るかもしれない。
02-08
公人「陸海さんの笑顔も綺麗だけど、津川が無闇に人を疑うような事やめて素直な
笑顔を見せるようになったら今よりもっと素敵だと思うよねぇ〜」
陸海さんに同意を求める事で津川の反論を防ぐ、策士な俺。
空 「はい、私の笑顔に関してはありえませんが、夏海の笑顔は棘があっても綺麗
です。しかし棘がなくなれば魅力が増すという意見には賛成です」
二人の連係プレイにより真っ赤になる津川。照れている姿は可愛いんだけどねぇ。
夏海「そ、そんな事言ったって公人がからかってくるから刺々しくなるんじゃない……」
公人「二人とも綺麗な顔立ちしてるから、素直な気持ちで笑顔を見せたら落とせない
男はいないだろうね」
夏海「え…… ぁ、ぅん。クーは綺麗なのに常に冷静だから損してるよね。せめて
態度だけでも素直になればモテると思う……」
津川は耳まで赤くしてうつむく。効きすぎたか?
空 「そうですか。モテる事に興味はないのですが、二人が心配してくれているのは
分かるので、出来る限り素直な感情が表せるように頑張ってみます」
公人「その方が良いよ、こっちも他人行儀な接し方されるよりも気分いいし。な、津川」
夏海「……うん」
っていうか、いい加減照れるのやめろ。
空 「では。美味しいと言ってもらえて嬉しかったので、おかわりして下さい」
綺麗なボーンチャイナに並べれていく菓子と注がれる紅茶。まさに芸術品だ。
公人「津川、手を出さないと俺が全部食べちゃうけどいいのか?」
夏海「私もクーのお菓子は好きなんだから、そういうのはやめてよね」
空 「また次回もお誘いしますから無理して食べ過ぎないように気を付けて下さいね」
その後、夕方近くになるまで和やかに雑談しながらアフタヌーンティーを楽しんだ。
作者注
インドモンスーン:独特な香味を持つマニアックな芳醇な珈琲。インドに吹く貿易風
『モンスーン』に晒し、乾燥させる事で独特の風味を作り出している。
ニルギリ :インドの南部で収穫される茶葉で、すっきりとしてコクのある味と
香りが特徴。主にミルクティー・アイスティーとして親しまれている
爽やかな紅茶。
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