R15指定 長編SS
序章 第三話 -通算 第三話-
第三話 小文字版
DIVE TO BLUE -III-
03-01
夏海「そろそろ夕食の準備にかかろうかな」
津川は立ち上がるとテーブルの上を片付けだす。
空 「では、私も一緒に」
ピタっと動作を止めて陸海さんに向き直る津川。
夏海「クー、それはそういう意味かしら?」
空 「その様に受け取って頂いて構いません」
それをさらりと受け流す。
公人「一体何の話をしてい──」
夏海「公人、あなたはゆっくりテレビでも見てくつろいでいなさい」
空 「お口に合うか分かりませんが精一杯頑張りますのでお待ち下さい」
二人から例えようのない気迫を感じ身動きできなくなる。
公人「え〜と、夕飯の準備だよね?」
夏海「そうよ。さっきそう言ったでしょ」
にっこりと微笑む。確かに棘のない笑顔だが、反論を許さない何かがある。
公人「ぁ…… あはは〜、楽しみにしてます」
半ば強制的にテレビを見る事になった気もしないでもないが、キッチンの方を見ると仲良く料理しているように見えなくもない。
だが調理というよりスポーツでも見ている気分になるのは気のせいだろうか……
03-02
二時間後、目の前のテーブルは小皿で埋め尽くされていた。
言い知れぬ恐怖をダイニングテーブルの方にも感じ、聞いてみる。
公人「ソファの方で食べるんだ……」
空 「はい、少し作りすぎたようで、あちらのテーブルも埋まってしまいましたので」
夏海「一口サイズのものばかりだから小皿使い切っちゃってね〜」
それでもかなりの分量だと思う。
公人「いや、こっちのテーブルだけでも何人分に相当するんだ?」
夏海「え? う〜ん、二日分くらいの食材があったけどアンタ男だし食べられるでしょ」
空 「夏海の料理なら冷めても美味しいですから心配しないで下さい」
ってことは残しても大丈夫……
夏海「まぁ最低でも一品ずつ味見はしてもらうけどね」
退路は絶たれた。
03-03
夏海「では、まず乾杯から始めましょ」
思う存分調理して気分がいいようだ。グラスを用意してワインを注いでくる。
公人「あまり強い方じゃないから程々にな」
夏海「みんなお酒に弱いから無理させる事もないから大丈夫だって」
あはは〜とグラス半分くらい注ぐ。全然遠慮してないじゃん。
空 「夏海、私にもワインを」
つぃ、っとグラスを差し出してくる陸海さん。
夏海「お酒ホントに弱いのに大丈夫? まぁ止めたりしないけど」
空 「今日から私は素直になる事にしましたから」
公人「じゃぁ素直な陸海さんに乾杯ってことで」
乾杯〜とグラスを軽く合わせて口にする。結構いいワインみたいだ。
二人を見ると軽く赤くなっているが普段と変わらないように見える。
顔に出るタイプってわけじゃないんだなぁ。
夏海「さて、一つずつ味わって貰いましょうか」
にっこりと笑う津川。まぁ二人して言うくらいだから本当に美味しいんだろう。
料理に手を伸ばそうとした時、陸海さんがすぐ隣に座りなおす。
夏海「むっ」
空 「まずは私の料理から食べてみて下さい。夏海の料理の後では不利すぎます」
公人「あ、うん。どれが陸海さんの作った料理なの?」
陸海さんは一皿選び出すと自分の手元に運び、箸で摘まむと俺の口元に運ぶ。
空 「あ〜〜ん」
03-04
マジですか?
公人「え、あの……」
夏海「クーッ、何やってんのよ!」
空 「手作り料理はこうして食べさせるのはないのですか?」
公人「いや、あの。そういうのは恋人同士でするモンじゃないかなぁ〜と」
きょとんとした表情で顔を覗き込んだまま考え込む陸海さん。
空 「大丈夫です。問題は、ありません」
キッパリ言い切りましたか……
夏海「問題あるわよ!」
津川を見るとわなわなと肩を震わせていた。
空 「以前読んだ本で恋人になる以前から好意を寄せる男性にこうして手作りの
お弁当を食べさせる表現がありました。本心では口移しで食べて頂きたい
のですが、現在の関係ではそこまでさせては貰えないと思いますので仕方
なく──」
夏海「当ったり前でしょう!」
空 「……というわけで私の手で食べて頂く事で我慢しておきます」
きっぱりと淀みのない言葉で言い切る。
公人「で、でも人前でそういう事するのは照れるし……」
空 「そういった感情効果が料理のフレーバーになると判断しました」
夏海「…………」
ぅゎぁ、津川の臨海超えそうだよ……
公人「えっと、自分で食べられるから今回は遠慮しておこうかなぁ〜」
空 「私の手料理は食べられませんか……?」
う、潤んだ瞳の上目遣いで見つめるのは反則だと思う。
夏海「公人、食べさてもらいなさい。しぃっかりと見ててあげる」
ちょっと待て! なぜ怒りのオーラをまとって凝視しますか!?
03-05
空 「あ〜〜ん」
徐々に近づく箸が最終兵器を運んでくる。最早逃げ道はなっくなったようだ。
絶望の淵で立ち向かう。いや、こういうシュチュエーションは嬉しいんだけどね。
公人「あ……ん」
口内に入れてもらった料理をもぐもぐと味わう。
おいおい、陸海さんの手料理滅茶苦茶美味いんですけど。これより美味いって事は津川の手料理は一体どんな代物なんだ……
公人「これって陸海さんの手料理だよね?」
夏海「間違いなくそうよっ」
うお、棘のある視線と台詞が……
空 「お味は如何ですか?」
公人「こんなに美味しいの食べた事ない。 ……うん、とても美味しかった」
嬉しいです、と言って俯きながら自分の分も食べる陸海さん。
空 「愛情を込めた手料理は格段に美味しくなるというのは本当のようです」
まさか、といった表情で同じものを口にする津川。そのまま箸を落とす。
夏海「嘘…… クーの腕がここまで上達してるなんて」
空 「愛情です」
きっぱり言い切る。
空 「これも食べてみて下さい。少し自信があります」
またもや目前に迫る箸。抵抗はあるが今更断れないので食べさせてもらう。
公人「うん、これも美味しい。今からでも店を開けるくらいだよ」
空 「私は公人さんに食べて頂くだけで満足ですから」
わずかに微笑を浮かべる。陸海さんにそんな事言われると犯罪的に可愛いんですが。
03-06
すくっと立ち上がる津川。俺の横、陸海さんと反対に陣取ると。
夏海「あ〜〜ん」
差し出された箸には津川の手による手料理。
公人「あはは…… じ、自分で食べられるから」
夏海「あ〜〜〜〜ん」
にっこり。
空 「夏海、まだ私の手料理を公人さんに全部味わってもらっていません」
夏海「公人、勿論断らないわよね?」
有無を言わさぬ気迫。
公人「いや、陸海さんに対抗する理由ないし。ねぇ?」
夏海「あ〜〜ん」
もはや理論は通じないらしい。引きつった笑顔で食べさせてもらってもなぁ……
津川の眉間に人差し指を押し当てる。
夏海「な、何するのよ!」
公人「そんな眉間に皺を寄せた表情で食べさせてもらっても美味しいわけないだろ」
夏海「あ……」
自分がどんな表情だったのか気付き、俯き赤くなる津川。
夏海「じゃぁ、今なら食べてくれる?」
公人「あ、……うん」
夏海「……あ〜〜ん」
おずおずと箸を差し出してくる。
公人「あ〜〜ん」
空 「………………」
03-07
不公平だ。天は二物を与えずって言うじゃないか。
ところがこの二人は美人で料理も天才的……
夏海「どう、かな?」
公人「……不公平だ」
夏海「えっ、もしかして私失敗してた?」
慌てて同じものを食べる津川。
空 「夏海が料理で失敗するなんてありえません……」
夏海「まったく、紛らわしい事言わないでよね」
公人「美味いとか、言葉で言い表せない別次元の味だ」
空 「……本当に不公平です」
見ると陸海さんは普段と変わらない表情で涙を流していた。
夏海「ちょっと、クーどうしたのっ?」
空 「私の手料理をすべて食べて貰いたかったのに、夏海の手料理の後では無理
です。お酒の力を借りてでも勇気を出して素直になろうとしたのですが、勇気
程度では次元までは超えることは出来ません……」
夏海「ご、ごめんっ。そんなつもりじゃなかったの! クーと公人が仲良くしてるのを
見て嫉妬したっていうか。ほら、アンタも何か言いなさいよ」
オロオロしていた俺を小突く津川。いきなりそんな事を言われても……
公人「え〜と、何て言ったらいいのか分からないんだけど。津川の料理には及ばない
までも陸海さんの手料理には陸海さんにしか出せない何かがあると思う」
空 「でも夏海の後には恥ずかしくて食べて頂く事なんて出来ません」
公人「そんな事はないよ、陸海さんの手料理だったら関係ないよ」
空 「本当に夏海の手料理の後でも食べて頂けるのですか?」
公人「当然だよ」
03-08
夏海「ちょっと、お二人さん。何二人の世界作ってるのかしら?」
引きつった笑顔で問いかけてくる津川。この場を治めるように指示しておいて
その発言はないんじゃないか?
空 「すべての問題は解決しました。夏海も気にしないで下さい」
先程の悲哀に満ちた状態から一気に立ち直ってる。
って、何がどう解決したんだろう……
夏海「なぁんか腑に落ちないんだけど、これ以上時間をかけて料理が冷めても問題
だし、本来の味で食べられる内に食べましょうか」
空 「では、これをどうぞ」
って、陸海さん。まだ自分の箸で食べさせてもらえないわけですか?
公人「いや、あの〜。一人で食べられるから」
空 「大丈夫です。公人さんが食べている間に自分の分も摘まめます」
津川に助けを求めようと振り向くと
夏海「食べさせて貰ったら? それほど時間がかかるものでもないし」
こめかみがピクピク動いてますよ、津川さん……
空 「あ〜〜ん」
公人「あ……ん」
致死寸前の放射能を津川から浴びながら、それを癒して余りある至福の料理を食べさせてもらう。
03-09
空 「これで私の手料理は終わりました。如何だったでしょうか?」
公人「うん、ホント美味しかった。普段いいもの食べてないから余計に美味しかったよ」
嬉しそうに微笑む、といってもかすかに表情が変わる程度なんだけど。
空 「公人さんさえ宜しければ毎日でも作って差し上げます」
公人「それは嬉しい提案だけど、そこまで迷惑かけるわけにはいかないよ」
どこまでホンキなのか分からない分、下手な返答は避けるべきだ、うん。
夏海「あ〜ら、いい提案じゃない。そうして貰ったら?」
それまで一人で黙々食べていた津川が何かを噴出させる寸前といった雰囲気で言う。
空 「迷惑ではありませんのでお気遣いなく、この程度の事では私の愛は伝えきる
事は出来ません」
公人「は?」
夏海「はい?」
突然の理解を超えた発言に固まる二人。時間を止めた張本人だけが動ける世界。
気付いた時には視界は陸海さんで埋まり、唇に柔らかい感触。
空 「好きです。私には貴方が必要なようです」
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