陸海空 -Caress of Venus-

序章 第一話 DIVE TO BLUE -I-



01-01

 窓際の席に座り、カップから漂うインドモンスーンの芳香を楽しむ。
「この幸福を君と共有できない事がとても悲しいよ、ハニー」
 街の喧騒を眺めつつ感傷に浸ってみた。うむ、絵になる。

女「彼女もいないくせに気色悪い台詞吐かないで」
「詫び錆びという日本情緒も理解できないとは悲しいな」
 カウンターの奥から突き刺さる辛辣な言葉に脊髄反射で返答する。
女「多分ボケてるんだと思うから言っておくけど、侘び寂びでしょ」

 日頃の調教の成果に満足しつつ声の聞こえてきた方向に向き直ると、
 先程の女『津川夏海』の横で喫茶店のマスター『益田』が笑いを堪えていた。
益田「公人(まさと)君、感性を磨くのもいいけど会話を楽しむってのもいいんじゃない? 夏海ちゃんも話したいようだし」
夏海「なっ。そ、そんな事誰も言ってません!」
益田「まぁまぁ。公人君も取り敢えず珈琲持ってカウンターにおいで」

 マスターはニコニコしながら手招き。声にならない言葉を発しているらしい津川。
 ふむ、その選択も面白そうだ。



01-02

 三人で他愛もない会話を楽しんでいると出入口ドアのカウベルがガランと小気味良い音を奏でた。来客のようだ。
夏海「あら、クーじゃない。いらっしゃ〜い」

 クー。本名『陸海空』 冗談のような名前だが残念ながら『りくみ そら』だという。
 陸海さんは一度こちらを確認し店内を軽く見回した後、躊躇なく俺の隣に腰掛けた。

空「こんにちは、隣失礼します」
公人「ちわ。今日も津川のお迎え?」
空「はい、肝心な時に失敗するのが夏海ですから。あ、ニルギリお願いします」
夏海「なぁんかヒドイ言われようじゃない。たまにでしょ、たまぁに……」
 思い当たる節があるようで津川の反論も語尾が弱々しかったりする。
空「…………」
夏海「………………」

 無言で見詰め合う二人。
 あ、視線が泳いでる。津川の負けっぽい。



01-03

益田「はい、ニルギリ」
空「ありがとうございます」
 カウンターに置かれた紅茶の香りを楽しんだ後一口 口にする。

夏海「でもクーも用事がなくてもやって来ては公人の隣に座るじゃない。公人に気があるんじゃないの〜?」
 ニヤニヤ笑いを浮かべて陸海さんに反撃を試みる津川。それに反して冷静にミルクを数滴紅茶に落とす。

空「公人さんの事は嫌いではありません。それに夏海と話すには公人さんの隣に座った方が効率がいいですし」
公人「は?」
夏海「…………」
 津川を見ると真っ赤になって可聴域から外れた言葉を紡いでいる。器用だな。
空「客観的に見て夏海はまさ──」
夏海「で! 今日は何の用かしら! 紅茶を飲みにって事じゃないわよね!?」

 出た、荒業だ!
 自分のふきだしを相手のふきだしに重ね発言を無効化させる大技。
 基本にして最終奥義。
 マンガと違いSSでやられると意味がわからなくなる。
 津川が王様モードに入る前に手を打たなければ!



01-04

公人「そういえば陸海さんって紅茶好きだよね〜」

 沈黙。やばい、これは外したか。
空「紅茶は好きです。特にニルギリは最高だと思います」
 カップを両手で持ち紅茶を眺める空。何となく幸せそうに見えなくもない。
夏海「クーの部屋に行ってもニルギリしかないのよねぇ〜。ダージリンくらい普通常備するモンでしょうが」
空「二ヶ月。せめて三ヶ月以内に消費するのが茶葉に対する礼儀です」
 おぉ、瞳が蒼く燃えている、ように見えなくもない。
夏海「自室でならともかく、さすがに三ヶ月でってのはねぇ〜」
公人「だったら今度ご馳走してよ。いつでもいいからさ」
夏海「ちょ、アンタまさかクーに手を出すつもりじゃないでしょうね!」
 どうしてアナタは鋭角的に飛躍した考えができるんだろねぇ。

空「大丈夫。夏海の彼氏に手は出さな──」
夏海「ばっ、こんなのが彼氏なわけないでしょ! 私はそんなに趣味悪くない!」
 あまりにも、な発言に一瞬意識がホワイトアウト。
 紅茶をご馳走してと言って10秒も経たない内にここまで痛烈な批判を受けるのか。

空「…………」
 って陸海さん、何まじまじと俺を観察しているんですか?
空「個人的価値観の違いですね。私見ですが、悪くないと思います」
 天使か!? 貴様は。
 っていうか、津川。怖いから唸り声を出さないでくれ……



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© ◆ForcepOuXA


2006-02-15作成 2006-02-16更新
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