夏海「ま。まぁ、徹底的に磨けば見れなくはないかもね」
あさっての方向を向いてフォローらしき発言をする。
公人「それはフォローなのか? そうには聞こえないんだが……」
空「素直に好きなら好きと──」
夏海「ば、そんな事これっぽっちも考えたことないんだからね!」
背中に爆煙を背負う津川。演出効果もキマっている。
まぁ否定するのは構わないけど、完全否定は結構傷つくんですが……
空「そうですか。バイトの時間も過ぎたようですね、帰る準備を──」
夏海「って、クー聞いてる? ホントに──」
空「今日は定例会議の日です。収支報告、活動しん──」
夏海「っ!? すぐに準備するから黙ってなさい!」
陸海さんに釘を刺すと津川は慌ててバックヤードに駆け込んでいく。
聞かれると何かまずい事でもあったのか?
超重力が空間を支配する。俺はこの沈黙に耐え切る自信がない。
空「ところで公人さん」
さすがは陸海さんだ。この空気をものともしない強靭な精神力。
公人「……ん、何?」
俺にはこれだけ言うのがやっとだ。
空「明日お暇でしたら、お茶会に参加しませんか?」
公人「特に予定入ってないよ、マナーとか形式とか知らないけどね」
空「言い方が悪かったようですね。紅茶とお菓子を摂りながら雑談する感じです」
公人「それなら参加させてもらうよ。タキシード必要なさそうだし」
空「普段着で結構ですよ。では午後二時に駅前で構いませんか?」
公人「了解」
陸海さんの表情が柔らかくなる。普段は美人って感じだけど笑うと可愛いかも。
バックヤードの扉を荒々しく開き津川が飛び出してくる。落ち着け津川、怖いから……
夏海「クー…… 余計なこと話してないわね?」
かすかな殺気すら漂わせて問いかける。間合いを計るかのような摺り足。
冷静に紅茶を飲む陸海さんと好対照だ。
っていうか、そこまで神経質になるほどの事なのか?
空「いえ、特に問題となるような会話はしていません。では行きましょうか」
夏海「そう、ならいいわ。じゃあね公人、お菓子あげると言われても知らない人に付いていっちゃ駄目だからね〜」
公人「俺は子供か!?」
あはは〜と背中越しに手を振る津川と軽く会釈して立ち去る陸海さん。
カウンターに向き直ってカップに残った珈琲を飲み干す。
ふと視線に気付いて顔を上げるとマスターと目が合った。
公人「…………」
益田「ゆうべはおたのしみでしたね」
貴様は宿屋のオヤジか!?
公人「俺の反応見て楽しんでたのはマスターでしょうが」
脱力感を感じ肩から力が抜けてしまう。マスターが横にいるのを忘れてたよ……
益田「いやいや、そんな事ないよ。ところで〜」
と言ってカウンターに乗り出し軽く手招きするマスター。
仕方なく内緒話モードに付き合う。
益田「多分気付いてないんじゃないかと思うから忠告しておくけど、夏海ちゃんってファンが多いから気をつけてね」
公人「別に津川と仲がいいって事ないですし、イジられてるだけですよ」
益田「可愛い女の子。っていうか、美人二人に囲まれて仲良く会話してるってだけでも目立つからねぇ」
心配してるんだよ、といった感じで溜息をつくマスター。
公人「別にそういうんじゃないし、外で会ってるわけでもないですって」
益田「まぁ気付けってのが無理だと思うけど、夏海ちゃんのシフトの時ってお客さん倍増するんだよね」
なんですと?
言われて気付いたが背中に刺さる視線。敵意、いや殺意!?
益田「今更なんだけど、露骨に態度変えたり店に来なくなると逆に要らぬ誤解を招きやすいから気付かない振りしてた方が身のためだよ」
ニッコリと死刑判決を下すマスター。 ……絶対楽しんでやがる。
作者注
インドモンスーン:
独特な香味を持つマニアックな芳醇な珈琲。インドに吹く貿易風『モンスーン』に晒し、乾燥させる事で独特の風味を作り出している。
ニルギリ:
インドの南部で収穫される茶葉で、すっきりとしてコクのある味と香りが特徴。
主にミルクティー・アイスティーとして親しまれている爽やかな紅茶。
ダージリン:
インドの北部で収穫される茶葉で、英国のエリザベス女王が絶賛した事で有名。
バックヤード:
店舗を運営する上で必要な空間、設備の事。