クーに数回食べさせると夏海があ〜ん、と口を開いてくるので、俺一人だけ食事じゃなく運動しているような気分になる。
夕食が終わる頃にはクーもほぼ普段通りになってきた、気もする……
食休みも兼ねて、リビングでまったりとテレビを見ながら雑談。
だが、当然ここぞとばかりに要求をエスカレートさせるのが夏海流。
夏海「クー、公人の腕に抱き付くのもいいけどさ〜」
嫌な予感がして席を立とうとする。しかし、左右の腕は既に固定され動けない。
空「何でしょうか」
夏海「肩を抱いて貰うっていうのも良いと思わない?」
猛禽類を思わせる瞳。多分今の俺の心理状態がそう見せてるだけだと思いたい……
空「それはとても魅力的な提案です。公人さん、是非お願いします」
公人「…………」
夏海「今日はクーも手を怪我してるし、一人でお風呂入らせてあげようかなぁと思ってたけど、クーの身体を隅々まで──」
公人「一度クーの肩を抱いてみたかったんだよね〜 嬉しいな〜〜」
クーが口を開く前に肩を抱き寄せる。何か言いたげな視線を向けられるが、少し強めに抱き寄せて気を逸らさせる。
夏海「で、勿論空いた片手は私に向けられるのよね?」
そう言うと、にっこり微笑んだ。
時計の針が9時を回り、夏海は固まった身体をゆっくりと伸ばす。
夏海「公人、先にお風呂入っちゃってよ。私はクーに説教しなきゃいけないから」
空「……そうですね、今だけは公人さんがいない方が都合がいいです」
2人とも共通の認識があるのか、珍しく開放される事になる。
公人「まぁ入れって言うなら先に入るけど、クーに無茶な事言い出すんじゃないだろうな」
夏海「今更クーに何言っても無駄だろうけど、公人が関わると意固地になっちゃうからね〜。まぁ少なくとも目の前にいると邪魔にしかならないわ」
空「残念ですが、今日は一人でお風呂に浸かって下さい」
確かに男としては残念だが、昨日からの攻勢で疲れているので、ありがたかった。
夏海「そうね〜。急いで出てくるようなら、今日は隅々まで磨いて貰うって事にしときましょ」
公人「それだけは勘弁してくれ…… くれぐれもクーに無茶な事するなよ」
当然でしょ、と言う台詞を聞き流しながら脱衣所に向かった。
湯船に浸かり、少し虚空を見つめる。
二人に懐かれ疲れが溜まるようじゃ、どちらか決めるって時点まで心が定まってないよなぁと、ややぬる目の湯に浸かりながら考える。
それよりも昼間の女の子は一体何だったんだろう……
二人は何か知ってそうな雰囲気があったけど、聞けるような状況とは言えないし……
幾度考えても思考のループに陥ってしまう。
結局、一人で考えても答えは出ないので、身体も温まった事もあり風呂からあがる事にした。
脱衣所から出ると二人の話し声が微かに聞こえてくる。
公人「風呂空いたぞ〜」
すぐ廊下に現れる二人。
空「では、私達もお風呂に入ります」
夏海「覗きに来るくらいなら入ってきていいからね〜」
公人「するか、馬鹿者。俺は部屋の片付けでもしてる」
空「それは残念です」
夏海「お風呂から出たら呼びに行くから部屋で待ってなさい」
そう言うと二人は脱衣所に消えて行った。
まぁ今日買った服片付けなきゃいけないしな……
部屋に入ると、テーブルの上にティーカップの箱と小さなメモ。
『直してクーに渡しなさい』
蓋を開ける。
壊れたティーカップの破片。血の落とされていない数片の破片。
夏海はやっぱりズルイ奴だ…… 何が効果的か理解して行動している。
洗面所に行き、こびり付いた血を洗い落とし水気を拭う。
部屋に戻り、瞬間接着剤を使い組み直していく。
「俺にはこれくらいしか、クーにしてあげられる事はないんだよな……」