空「いきなりですが、大晦日です」
時は夕食後。
リビングのソファでくつろぐという、安穏とした空間に重く圧しかかる沈黙。
記憶が確かならば、冬が近づいてきているという設定だった気がするんだが……
夏海「仕方ないわねぇ。私は掛け布団持ってくるから、テーブルの留め金外しておいて」
何の疑問も持たなかったのか、夏海は立ち上がるとリビングから出てゆく。
クーはテーブルの下に手を伸ばし何かしているようだ。
公人「え〜と、確か──」
空「言いたい事は分かります。しかし、言葉に出してしまっては全てが台無しになる事もあるのです。 ……公人さん、テーブルの天板を取り外して頂けませんか?」
夏海「大人の事情ってヤツなんだから文句言わないっ。分かったらさっさと取り外しなさい」
そう言われては何も言えないので、仕方なく二人の言葉に従い天板を取り外す。
クーはテーブルの収納トレーから電源コードを取り出すとヒーター部に差し込む。
この部屋の雰囲気に合ってるかは別問題として、これは確かにコタツテーブルだった。
二人は黙々とテーブルを覆うように掛け布団を広げ、天板を元に戻した。
ソファ用のコタツテーブルにはミカンと落花生、緑茶が整然と並べられる。テレビに映るのは大晦日を象徴する国民的対決番組。
完璧だ。完璧に大晦日を演出している……
公人「あ〜、夕食後に──」
夏海「無駄口は叩かなくていいわ。夕食は蕎麦だったの、年越し蕎麦。あんだすたん?」
空「美味しいお蕎麦でした。健康にも良いので、何も問題ありません」
公人「りょ、りょうかい……」
テレビを見てあはは〜と笑う夏海に、静かに緑茶を飲むクー。
言ってはなんだが、あからさまに不自然な空気だ。
夏海「……これくらいで大晦日の雰囲気出たかしらねぇ」
空「問題ありません。私は日本の大衆文化を肌で感じました」
公人「ホントか? お前らホンキで言ってる?」
クーはミカンを丁寧に剥きながら口を開く。
空「はい。これこそ日本が誇る伝統。由緒ある大晦日の過ごし方です」
夏海「そういったものに興味ないから、実際にはどうなのか知らないけど」
我関せずといった風情で落花生を手に取る。ぱきっという音を立て殻を割り、渋皮を剥く。
この空気はよく知っている空気だ。俺の中にある何かが逃げろという警告を発し続ける。
公人「……さて、風呂にでも──」
立ち上がろうとしたが、両側からガッチリと腕を押さえ込まれる。
夏海「クー、確かお風呂には入ったわよね?」
空「はい。三人とも早い時間にお風呂を済ませています」
公人「いや、俺は知らな──」
両肩に伸ばされた手が俺をソファに座り直させる。
夏海「今日の公人は調子悪いみたいね。ベッドの中でたぁっぷり看病してあげるべきね」
空「確かに少し混乱しているように見受けられます。是非とも──」
公人「いやっ、俺の勘違いだった。今年は初日の出見るぞ〜〜」
座り直した俺の口元に、クーはミカンを一房差し出してくる。
空「美味しいですよ。どうぞ食べて下さい」
夏海「公人は体調が悪いのかも知れないし──」
公人「美味しそうなミカンだなぁ〜。頂きま〜す」
夏海の策略には乗らない。
クーが手にしたミカンを食べる。さっぱりした甘みとほのかな酸味が口の中に広がる。
空「まだまだたくさんありますから遠慮せずに食べて下さい」
そして当然の如く反対側から響く破砕音。
夏海「落花生も美味しいわよ、公人」