警戒心など微塵もない哲朗は、ラーメン屋を探して左右を伺っている。
今回も一悶着起きるのは避けられないのだろう。
「私はクーデレ…… 苦労が絶えない女……」
「あ、ラーメンの屋台だ! クーデレ、先に行ってるよ!」
「ま、待ちなさい。哲朗っ」
私が止めるのも聞かず、走り出す哲朗。
こんな時は走るのに邪魔なロングコートを着ているのが嫌になる。
でもこれは私のアイデンティティー。お色気シーン以外では脱げない。
ラーメンを注文したらしい哲朗は、屋台の椅子に座り、割り箸を手に踊りだしそうな雰囲気でテーブルにしがみ付いている。
先の展開が読めた私は、体力を温存すべく走るのをやめ、歩いて屋台を目指す。
「哲朗、私の分も注文してくれたのかしら?」
「そういうと思って二つ注文しておいたよ」
帽子を傍らに置き、ラーメンが出来上がるのを待っている哲朗。
その隣の席に座り正面を向く。
早い、展開が早すぎる。この雰囲気は素直クールそのものだわ。
「哲朗、時間がないわ。行くわよ」
「ちょっと待ってよ。もう少しでラーメンが食べられるんだよ」
「待たせたな。ラーメン2丁出来上がった……」
屋台に嫌な沈黙が流れる。
あぁ、来る…… この沈黙は爆弾発言の前に必ず訪れるあの溜めだわ。
「好きだ、結婚してくれ」
お決まりの台詞に、ラーメンを食べようとしていた哲朗の手から箸が落ちる。
「さぁっ、素クールナインに戻るわよ。哲朗!」
素早く荷物を手にすると、哲朗の手を引いて駅に駆け出す。
背中に迫る気配と、威嚇のために撃ち出されるレーザーが周囲を色めき立たせる。
パン屋に群がる人々。
主人公属性を持たぬ悲しき者達の怨嗟が聞こえてくるよう……
もう少しで駅に辿り着くというところまで来て、別の素直クール達が正面に立ちふさがる。
「そこの女。その男を渡したまえ」
そんな気は毛頭ない。
間髪入れずに、指輪に仕込んだレーザーで素直クール達を打ち倒す。
しかし、流石は基本性能の高い者達が多いだけはある。殆ど当たらない。
「殺したのっ?、クーデレ!」
「安心しなさい、哲朗…… 最弱にセットしてあるから気絶するだけよ」
命の危険はないものの、捕まればこの属性から抜け出せないのに優しい男ね。
素直クール達に囲まれ、絶体絶命のピンチだというのに……
屋台にいた素直クールが、間合いを取りつつ口を開く。
「クーデレ? 今時この属性をクーデレと呼ぶ者などいない」
「そう? 名前なんて関係ないわ」
その台詞に緊張が緩んだ一瞬の隙を突き、レーザーを撃ち出して駅に飛び込む。
改札を飛び越え、素クールナインの停車するホームに着く。
「待ってくれ。君は一体……」
後からかけられる声に振り向くと、私は口を開いた。
「私はクーデレ…… 過去の幻影。手法を模索し、探求の旅を続ける女……」
その言葉を聞いて力なく膝をつく素直クール。
「あの人達なんか可哀相だったね……」
ポツリと言葉を紡ぐ哲朗。
「仕方ないわ。旅を続けるには彼女達の願いを聞き入れることはできない…… それに心配する必要はないわ、哲朗。あんパンにしがみ付くのを辞めた男達から新たなる主人公属性を持つ男が現れるのよ」
車窓から属性を見守る哲朗。立ち上がると私の腕を取る。
「クーデレ、ビフテキを食べよう! ラーメン食べ損なってお腹すいちゃったよ〜」
私は哲朗とともに食堂車へ向かう。
旅はまだまだ続くのだ。
「私はクーデレ…… 永遠の誓いを手に入れるために旅する女……」