「……気に入った」
「はい?」
「我は貴様が気に入ったと言っている。脆弱なる人間風情が我に刃向かうなど笑わせる。しかも今、我は貴様に翻弄されるしかない。まったく、げに恐ろしきは人間の武具よ」
 俺の両手に納まっているスリッパを見詰め、忌々しそうに眉を寄せる。
「さすれば、世界を我が手に取り戻す前にすべきこと。貴様を我が夫として迎え入れる」
 まさに妙案だと言わんばかりに口元に笑みを浮かべる。
 その仕草、口調に艶容なものを感じ取り、背筋に冷たいものがはしる。
「さぁ、武具を収めるがよい我が主よ。最早そのような忌避たる存在に頼る必要はない。我と契りを交わし、我が眷属が統べる楽園を作り出そうではないか」
 女は逆らう意志のないことを示すかのごとく、両手を広げ近づいてくる。
「待て。眷属とかわけわからないこと言って、アンタを信用しろと言うのか」
 スリッパを構え威嚇する俺を見て苦笑いを浮かべる。
「アンタではない。我は真なるクー。そう呼ぶがいい」
「わかった。でも長ったらしいからクーでいいな?」
「好きにするがいい。すでに我は貴様にすべてをゆだねている」

 クーはそう言うと周りを見回す。ソファに目を付けると優雅に歩を進め腰を下ろした。
「さぁ、これで心配する必要もあるまい。武具を収めよ」
「本当に俺に従うんだな?」
「猜疑心が強いな。安心するがいい、眷属を統べる女王なるぞ。我に夫を謀る意味もない」
 ソファの背もたれに身をゆだね、悠然と構える。
 足を開いて座っているため、俺の目はどうしてもそちらに向いてしまう。

「どうした、我が夫よ。我を貪りたいのか? 望むままに精を解き放ち、我が眷属が繁栄にその力を貸すがよい」
 妖艶な表情を浮かべると、クーは旧スク水の水抜きに手を伸ばす。
 手に持ったスリッパを握り締め震える俺を見たクーは、その手を動かすのを戸惑う。
「……で、眷属ってのは一体なんなんだ」
「我に従う一族であり、奉仕種族だ」
「奉仕種族ってメイドみたいなものか?」
「その力は人間を遥かに超え、他眷属が復興するのを阻止するための尖兵ともなる」
「そんなの呼び出すな! クーの言う通りにしたら世界を壊滅させられそうなので却下」
「それでは他の支配階級、眷属が来たら太刀打ちできないではないか」
「簡単に出てくるものでもないだろうし、駄目なものは駄目」
「むぅ……」
 唇をかみ締めてふてくされるクー。

「……仕方がない。主が願いは我が願い。眷属については妥協しよう」
 瞳を曇らせ、残念そうに上目遣いの視線を投げ付けてくる。
「だが、これだけは譲れぬ。我に精を与えよ。さすれば この力、主のためだけに使おう」
 クーは、静かだが力強い視線で訴えかけてくる。
 相手が普通の女性であれば今すぐにでも押し倒してしまいたくなるような美貌の持ち主。
 むしろこちらからお願いしたいくらいだ。
 だが、ここは重要なターニングポイントだ。
 軽率な判断は自分の首を。いや、世界の平和を乱す事になる。

 いつの間にか目前にまで寄ってきていたクーに抱き締められる。
「我に任せるがよい。我が名にかけて、決して主の意志は裏切らない事を誓おう」
 そう言うと舌で唇をこじ開け、口内をねぶるように濃厚なキスをしてくる。
「待て! 一時の劣情に流されても後悔するだけだぞっ!」
 その言葉に、誰にも真似できないような妖艶で確信に満ちた笑みを浮かべた。
「主の考えていることは目を見れば手に取るようにわかる。我を信用せよ」
 願わくば、世界が平和であるように祈ることが俺にできる精一杯だった。



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© ◆ForcepOuXA


2006-08-26 作成 2006-10-01 更新
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