真なるクー -いじきたなきもの-


 このところ寝ても醒めてもハプニングの連続で、心身ともに消耗していた。
 久々にゆっくりと熟睡できたと思えば、あのスク水女が横にいない。
「ふぅ。 これなら安心してゆっくり寝られ……」
 冷水を頭からかぶったように一気に目が覚める。
 歩く非常識、エロい厄災と、俺的ブラックリストでも余裕でトップに君臨するクーがいないのである。
 いたらいたで悩まされ、いないと更に悩まされる。
 その時、屋敷の裏手から物音が聞こえてきた。
 俺は急いで服を着込むと、クーが妙な事をしていないことを祈りつつ走り出した。


「よく眠れたか? 我が主よ」
 そこにはクーと、小高い斜面に横坑を掘り進める『深きものども』がいた。
 その横にうずたかく積み上げられた岩や土を見ると、結構掘り進めていることがわかる。
「勝手に穴を掘って何をしてるんだよっ。 それに、こんなに積んで崩れたら大変だろが!」
 その両方に興味なさそうな視線を配ると、クーは口を開いた。
「これは主のためにしているのだ。 いつまでも奉仕種族に煩わされたくないであろう?」

 ……確かにそれは当面の問題として真っ先にあがる点ではある。
 昼夜を問わず徘徊する奉仕種族たちに俺は悩まされていた。
 一体どこから湧いてくるのか、日々増え続ける深きものども。そして、『インスマス』とクーが呼んでいる男たち。
 彼らの、魚を連想させる顔立ち、首が太くがっしりとした体躯は結構怖いものがある。
 昨日などは深夜トイレに向かう途中、ひったひったという足音に驚き、後を振り返るとその先にインスマスがいた。
 そのニイィィィィィィッという愛想笑いにおしっこチビリそうになった。
 正直に言うと、ちょっと漏らした。
 昼夜を問わずホラー映画をリアルで体験しているようなもので、精神的な疲れは彼らによるものが大きい。肉体的な疲労に関しては言うまでもないだろう……

「……確かにこのまま居付かれても困るといえば困るけど」
「主には元気でいてもらわねば、我も困るのだ」
 クーはそう言って妖艶な笑みを浮かべると、首に腕を巻きつけてくる。
 そうすることが当然といった感じに、身体をくねらせて刺激するのも忘れない。
「朝っぱらから妙な真似するなっ。 あの連中に監視されてできるか!」
 作業を続けつつも死んだ魚のような目をこちらに向けている深きものども。
 クーは感情を隠すことなく不機嫌そうに周囲を見回すと低い声で言い切る。
「今日の食事は彼奴らの活け造りといこうではないか。 どんな味がするのか興味がある」
 深きものどもは一斉に方向転換すると、機械のような正確さで作業を再開した。


「さて、主よ。暇ならばここに腰かけてゆっくりせぬか?」
 クーが指差す先には二人でもゆっくり座れるような岩があった。
 その不思議な光沢に軽く触れてみると、なめらかで石とは思えない感触が指先に残る。
「……これって岩だよな。 こんなの初めてみるんだけど」
「深きものには怪力、石細工、非常食くらいしか取り得がないからな」
 その最後の取り得は遠慮したい……
「彼奴らが我らのために特製の玉座を作る間、仮初めに用意させた」
 そう言うと俺の腕を取り、なかば強引に座らせる。
「どうだ、なかなかの座り心地であろう」
 なんだろう、この1日中座っていても疲れなさそうな感触は…… 謎だ。
「我より石なぞに興味がわくのは不愉快だ。 ……主は我のことだけ考えていればよい」
 クーに抱き寄せられ、その豊かな胸に顔を埋められてしまう。
「だから、朝っぱらから、しかも連中の目の前ではやめてくれっ」
 その腕を振り解こうとするが、大して力を入れている様子もないのにビクともしない。
 それだけ本来の力を取り戻しつつあるということだろうか。
「彼奴らが気に入らないのであれば後で我が処分する。 それに主は普段強がってはいるが、心の底では我の胸に顔を埋め、甘えたい願望を持っているのを我は知っておるぞ」
 そうなんだろうか…… ただ、このままでいたい気持ちもあるのは確かだ。
「……この、悪魔め」
「主よ、その認識は間違っている。 我は邪神なるぞ」



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© ◆ForcepOuXA


2006-08-31 作成 2006-10-01 更新
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