仕方なく。そう、本当に仕方なく邪神の誘惑に耐えていると、横坑の方から物凄い騒音が聞こえてきた。
 その音が気になるが、クーの腕は緩まない。
 何とか顔の向きだけでも変えようともがいてみる。
「どうした主よ。 そんなに刺激したら我も忍耐の限界がきてしまうであろうに」
 見当違いなことを言い出すクーに脱力しかける。
「変な音が聞こえてきただろ。 気にならないのか?」
「うむ、興味ないな。 今の我には主を寝所に運び込むことしか頭にはない」

 一層大きな音とともに、すぐ横を何か重いものがバウンドしながら通り過ぎていく。
「……もしや、貴様はツントゥグアか?」
 まるで珍しいものでも見たとでもいうように、クーは呆気にとらわれたような声を出す。
 クーの力が軽く弱まった隙をついて、スリッパの洗礼を与える。
 これだからスリッパを手放す事が いまだにできないでいるのだ。
「酷いではないか。 我が胸は主のお気に入りであろう。 好きなだけ我の胸を──」
「だからっ、あの音が気になるから放せと言ってるだろうが!」
「主は我が胸より、我よりも音が好きだと言うのか?」
「ちっが──う!」
「……いい加減ワタクシを無視するのはやめて頂けないかしら?」
 怒気を含んだ女性の声に振り向くと、そこにはメイド服を着込んだ金髪の女性が立っていた。

「今 非常に重大な懸案で主と話し合っている。 ツントゥグアよ、後でまた来るがよい」
「なんですって!?」
「おい、クーの知り合いってことはヤバイ肩書きの…… 神なのか?」
「ただの邪神だ。 気にする事はない」
 ツントゥグアと呼ばれた金髪メイドから尋常じゃない殺気が流れ込んでくる。
 クーは護るように優しく胸に抱き入れると、口を開く。
「主に殺気と向けるとは…… ツントゥグアよ、そんなに消滅させられたいのか?」
「どうみてもただの人間じゃないの。 ついに気でも違ったのかしら、クー・トゥルー?」
 クーに抱き締められ、呼吸困難になりそうな殺気から護られる。

 周りにいる深きものどもの様子からすると、尋常ではない殺気が二人から放たれているらしく、連中はジリジリと後ずさりをしていた。
「人間如きに隷属する邪神なんて初めて見たわ。 いい笑いものね」
「我が主を軽んじていると痛い目を見るぞ。 そう、あれは本当に痛いものだ……」
 しみじみと思いにふけるクーの言葉に、金髪メイドは軽く興味を示しだした。
「人間の分際で邪神に痛手を与えることなんて不可能ではなくて?」
「貴様が怠惰に耽っている間に人間は成長してるのだ」
 クーの言葉を受け、金髪メイドの驚きにみちた視線が無遠慮に突き刺さる。
「……それほどの者とはワタクシには見えませんわね」
「そんなことだから──」
 クーの言葉をさえぎるように金髪メイドの腹の虫が鳴り出す。
「この者を見ていたら少々おなかが空きましたわ……」
 普通の女性に言われてもいい感じは受けない言葉だが、相手は邪神だ。本当に食われかねない。
「主に手を出されては困る。 そこのインスマス。 ツントゥグアに食事を用意せよ」



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© ◆ForcepOuXA


2006-08-31 作成 2006-10-01 更新
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