真なるクー -おさなきもの-
目が覚めたものの、寝室は壁に取り付けられた間接照明の明かりしか感じられないほどの、深い闇に閉ざされていた。
雨が窓を叩き、地面に水溜りを作っていく音だけがかすかに響く寝室。
遮光性の高いカーテンで外光が入りにくいというだけではなく、雨が降っているということもあるのだろう。
寝起きの気だるさに身を任せ軽く寝返りをうつと、横で静かな寝息を立てて眠るクーが目に映った。
窓から差し込んでくる ほの暗い光によって浮かび上がる端正な横顔。
わずかに開かれた艶やかな唇は、呼吸に合わせてかすかな吐息を紡ぐ。
寝顔からは邪悪さなど みじんも感じさせない。
純粋で無垢。
なにものにも縛られない存在ゆえに、人類にとって邪悪とされているのかもしれない……
覇権をかけて悠久の時を生き続ける。それはどんなことなんだろうか。
降り続く雨の音のせいか、考えることが徐々に暗い方向へとシフトしていく。
気分を変えるために外の明かりを取り入れようと、クーを起こさないように気を付けながら上半身を起こす。
すぐそばで寝ていることもあり、めくれあがった掛け布団の下から薄明かりの中にクーの半身が浮かび上がる。
くっ! 邪悪な……
それに呼応して俺の邪心が首をもたげ始める気配を感じ、慌てて目をそらす。
「落ち着け。 これ以上搾られたら俺の一部が大ピンチだ」
ベッドに腰かけるような体勢をとり心を落ち着かせようと深く息を吸った瞬間、背中にしっとりとした感触の柔らかく暖かな身体が押し付けられた。
「おはよう。 主よ、よく眠れたか?」
肩越しに紡がれた言葉は背中から全身にかけて痺れるほどの電流を起こした。
「ふふ、元気でなりより。 主が元気だと我も嬉しい」
簡単に身支度を整えると、クーは部屋の隅に置かれた例の壷を部屋の中央に持ってくる。
クーに言わせると【特に意味のない壷】 ただし、手を抜く程度には使える壷らしい。
「……そんなの引っ張り出してきてどうするつもりだ」
「我も無駄に力を損耗する気はないのでな」
穏やかな表情を浮かべ口元を緩めると、背中に廻り込んで耳元で呟いた。
「喜べ、我が主よ。 我が娘に会わせてやろう」
「はい?」
壷を中心にまばゆい光が部屋を覆い尽くす。
あまりの光量に残像の浮かぶ視界のなか、部屋を見回すが特に何も変わった様子はない。
クーは部屋の中央に目を向けて口を開く。
「我にして我が娘よ。 時は満ちた、目覚めるがよい」
「……何も変わった様子はないんだけど、また変なの呼んだんじゃないだろうな」
しかし返答する者がいない。
「いつまで寝ている。 我は貴様をそんな風に育てた覚えはない」
指弾を弾くように指を鳴らすと、壷が硬質な反響音をたてた。
「くぅぅ…… きしゃまに育てられた覚えはにゃい」
子供のように舌足らずでキーの高い声とともに壷の中から小さな腕が伸びる。
その腕は壷のふちを掴むと身体を引き上げようとする。
「こんにゃ場所に呼びだしおって……」
壷から梵鐘のような鈍い音が響きわたる。
「くおぉぉぉぉ、頭に響くぅぅ……」
その腕は力尽き壷の中に消えてゆく。
「なぁ、手伝った方がいいんじゃないか?」
「あの中から出て来れない程度では高が知れている。 放っておくがよい」
「きしゃま、われをぐろーするか」
その言葉とともに上半身が勢いよく飛び出てくる。
「出られるではないか。 あと少し頑張るがよい」
いや、普通に考えてあの壷から出てこれるような肩幅じゃないんだが……
「むうぅぅぅぅ〜〜っ」
ボトルからコルクを抜くような音を出して飛び出すと、その娘は一回転して足を伸ばした状態でぺたんと座り込む。
三〜四歳くらいだろうか。旧スク水といい、容姿、雰囲気に至るまでクーそっくりの少女がそこに現れた。
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© ◆ForcepOuXA
2006-11-04 更新
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