浴槽に入る段階になって少女はお湯に奇妙な興味を抱きだす。
てのひらで水面を叩いたり、手を沈めて唸りだした。
「ちちよ、人間はにゃぜ湯に浸かるのだ? 茹でるわけでもあるまい」
「ん〜、入ればわかるんじゃないか?」
少女の腋に手を差し入れ、一緒に浴槽へ入る。
若干緊張している様子もあったが徐々に慣れていったようで、仰向けになって浮かぶくらいにリラックスし始める。
「んむ。 これは堕落しそうな心地よしゃだにゃ、ちちよ」
低温のお湯に茹でられた少女は、頬を軽く紅に染めてこちらを伺ってくる。
海に浮かぶ孤島のような、ぽっこりとした腹が無性に気になる……
軽くへその辺りを押してみると、口から空気の泡を吐き出しながらお湯に沈む少女。
おぉ…… 堕落とは違うが確かに落ちていく。
沈みきると少女は体勢を立て直し、口からお湯をこぼしながら立ち上がった。
「にゃにをするかーっ。 ちちとはいえ、ぶれーにもほどがある!」
唇を軽くとがらせ、直立不動する姿は怖いというより可愛らしいくらいだ。
「ふ、我が娘よ。 主を父と認めたようだな」
「今はみとめておいてやろう。 だが、われがせいちょーしたあかつきには、わが夫として迎え入れる」
はい? 何か聞き捨てならないこと言ってないか。
「黄金率たる肉体を持つ我にかなうと思っておるのか?」
「何をもっておーごんりつとしゅるか、たにょしみにしゅるがいい」
二人が発する不気味な笑い声が浴室に反響し、風呂に入っているにも関わらず背筋が凍るような空気が充満する。
「まぁよい、楽しみにしていよう。 それで、己が娘の名前は決めたのか?」
言われて気が付いたが、すっかり忘れていたことに気付く。
「う〜ん…… 小さいしリトルとか?」
「リトゥとはシュペルも違うし、ちーしゃきままではない」
「なんで英語だと滑舌よくなるんだよ……」
「リトゥか、それでよいではないか」
そう言うとクーは少女を押しのけ、浴槽に入ってくる。
「むぅ、せまいではにゃいか」
「三人で入れる大きさじゃないだろ」
「我も堕落というものを肌で感じようと思ってな。 それに、これならば狭いなどとは感じまい」
浴槽に身を沈めながらクーは身体を密着させてくる。
こうなるとクーを引き剥がすことは事実上不可能だ。
少女はその様子を見てあからさまな不満を身体全体で表現する。
こうなったら仕方がない。
自由になる片手で少女を招き寄せると、腕の中に水しぶきを上げて飛び込んできた。
「飛んでくることないだろ…… それで、名前はリトゥで構わないか?」
緩みそうになる表情を押さえ込んでいるという感じの顔でこちらを見上げる口を開いた。
「ちちがしょう呼びたいにょであれば、われはリトゥでかまわにゅ」
そう言うと、リトゥは胸に顔を押し付け黙り込む。
「……精神は肉体の奴隷にすぎないとはよく言ったものだ」
「ん?」
「風呂というものもいいかも知れぬ。 確かに堕落しそうだと言ったのだ。 湯に浸かるのは、主に抱き締められているようで心地よい」
呟くように言葉を発すると、この肉体の悪魔は静かな寝息を立て始める。
その後に俺が被った苦労など知らず、二人は安らかな表情で眠り続けていた。