扉を開けエントランスから一歩外に出ると、雨で冷やされた冷気が身体を覆いだす。
 その肌寒い外気の中、雨に濡れながら走り続ける少女。
 さっきまでは確かに止めようと思っていたが、クーの「父としてな」という台詞が心に圧し掛かり一歩が踏み出せずにいた。
 突然現れた少女に対してどう対応すればいいのか。
 むしろ、父親になるというのが どういうことなのか理解できない。
 そんな曖昧な考えで手を差し伸べていいのか俺には判断ができないでいた。

 少女が玄関のすぐそばを走り抜けようとしたしたところで足を滑らし、盛大な水飛沫を上げて水たまりに頭から突っこんだ。
 気が付くとさっきまで悩んでいたのも忘れて少女を抱き上げている俺がいた。
「……われは転んで泥だらけなにょだ。 服が汚れるであろう」
 少女は顔中を泥水で汚しながらこちらをじっと見詰めてくる。
 その違和感に自然と頬が緩むのを感じた。
「にゃにを笑っているのだ。 われは間違ったことは言っていにゃいぞ」
 不機嫌な表情を浮かべる少女の顔に付いた泥を袖口で拭ってやる。
 少女の顔が綺麗になる代わりに腕にタップリと泥水が染み込む。
「われに構う必要はにゃいであろう。 ははのところに──」
 こちらをじっと見詰める少女の鼻をつまむと目をぎゅっと瞑ってしまう。
「娘は父親の言うことに従うモンだ」
 まっすぐこちらに目を向けると口を開く。
「われは眷じょくをしゅべるじょーおー。 従う術にゃど知らにゅ」
「女王だったら なおさら綺麗な格好にならないとな」
 自分の着ているスク水が泥まみれなのを確認すると小さな手で胸元にしがみ付く。
「ちちよ、われの威厳を取り戻しゅ。 着替えをよーいせよ」


 数分後、風呂で少女の髪を洗っている俺がいた。
 クーに任せようかと思ったが今ひとつ安心できない。他の連中は論外だ。
 かといって一人で風呂に入らせるのは心配なので現在に至るわけで。
 納得できないものの父親として行動している気がするのも事実だ。

「くぉぉぉぉっ、目が〜! 目がぁ〜〜っ!」
「あ〜、目を開けるなと言っただろうが」
 目をこすっている手を外させると、ぬるま湯で顔を洗ってやる。
「目は軽く閉じるだけでいいから。 ぎゅっと目を瞑ると力が抜けたところにシャンプーが流れ込んでくるんだからな」
「むぅ。 髪を洗うというのは難しいもにょだにゃ」
 その舌足らずの怪しげな語尾と大人びた態度を取ろうとする仕草に笑いがこみ上げる。
「むっ。 ちちよ、われは真面目に── くぉぉぉぉっ!」
「とりあえず髪を洗ってからにしような……」

 身体くらい自分で洗えると言うので、俺も自分の髪を洗うことにした。
 しかし拙い動作で、身体を揺らしてバランスを取りながらタオルと格闘する姿を見ると大丈夫なのか不安になってくる。
「主よ、我らが娘は倒れたくらいでは怪我などせぬ、安心して自らを磨くがよい」
 突如として風呂に現れたクーは、腕を滑らせるようにして後から抱き付いてくる。
 背中に感じる柔らかな感触とクーから立ち昇る芳香に、娘どころか息子までも一人立ちしようと背伸びし始める。
「なっ、いつの間に現れた」
「着替えも用意せずに風呂に来ておいて、我に礼のひとつもないのか?」
「だからと言ってなぜ身体をこすり付けてるんだ!」
「主の背中を洗ってやろうと思ってな」
 少女は感情の乏しい冷静な目をこちらに向けると口を開く。
「われのことは気にするひつよーはにゃい。 われもははとどーとーの知識はある」
「今現在の問題点としては、そんな理解の仕方は嫌だということだ」



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© ◆ForcepOuXA


2006-11-04 更新
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