屋敷に入ってリビングに通される。内装も外観と同様にシックな感じだが
冷たい雰囲気はなく、むしろ温かみを感じさせる部屋になっていた。
公人「リビングもやっぱり広いな」
空「ダイニングキッチンと一体のリビングですので、より開放感が増していますね」
夏海「キッチンも広くて一式揃ってるのがいいのよね〜」
料理好きのような事を話し出す津川にツッコミ入れそうになったが、本当に料理好きである可能性がある事に気付き、咄嗟に口をつぐむ。
しかし、怖いもの見たさというか学術的探究心というか、聞きたいという欲求に負ける。
公人「……すまん。恐ろしい事を尋ねるが、もしかして津川は料理好きなのか?」
ピキっと露骨に固まる津川。ゼンマイ仕掛けのような動きで首をこちらに向け、にっこりと微笑む。
夏海「恐ろしい事って何かしら? 私が料理好きな事に関係してるのかしらねぇ〜」
オホホホホ、とアリエナイ笑い声を発しながら目が全然笑ってない。
空「夏海はこう見えても料理が得意なんですよ。私は料理を夏海に習っていますし」
陸海さんの言葉に愕然となり立ちすくむ俺。
公人「世も末だ……」
夏海「なんですってー! あったまきたっ、今日は動けなくなるまで食べさせるから覚悟しておきなさい!」
公人「ちょっと待て、お茶会って紅茶メインじゃないのか!?」
空「お茶会の後に夕食もどうかと思いまして、公人さんの分も買って来たんです」
公人「…………えっと、胃薬ある?」
突発的ハリケーンが襲来した。
何とか津川をなだめ、お茶会の準備に取り掛かる陸海さん。
リビングのソファでくつろごうとするが、未だに津川注意報は発令中だったりする。
ここは生存率を高めるためにも予防線を張っておかなければ。
公人「津川は料理得意なのに手伝わなくていいのか?」
物凄い眼つきで睨まれる。うわぁ、低気圧停滞中……
夏海「クーは料理は人並みでもお菓子作りは天才的なのっ」
公人「そ、そうなんだ。でも、その天才に教えてる津川の料理も楽しみになるなぁ」
アハハ……、とぎこちなく笑いかける俺。
空「料理は愛情だと聞きますので今夜の食事も美味しくなると思います」
夏海「え、ぁ…… きょ、今日は普通の出来栄えになるに決まってるじゃない」
公人「やっぱり美味しく食べたいからさ〜。量は程々にして貰えると一つ一つを味わって食べられるんじゃないかな〜?」
夏海「まぁ、無理して食べさせたせいで味わえなかったとか言われて、評価下げられても困るし考えておくわっ」
お、効果あったか!?
空「では私も手伝いますので、少しずつ色々作りましょう」
陸海さん、トドメ刺すのはやめようよ……
空「美味しく出来ているといいのですが」
テーブルの上にはティーポット二つに大きな皿に並んだスコーン、マフィン、スフレ。
当然ティーカップ、ミルクピッチャー、取り皿なども並んでいる。
公人「これって全部陸海さんが作ったの!?」
空「はい、これくらいしか取柄はないので」
夏海「まったく完璧主義にも困ったモンよねぇ。出来ない事を探した方が早いってのに」
どうぞ。とティーカップとスコーンの乗った取り皿を差し出してくる。
空「それぞれのポットにはニルギリとダージリンが入ってますのでお好みでどうぞ。クローデットクリームは食感優先で仕上げてありますので好みに合うか心配ですが」
公人「クリームも手作りなの?」
夏海「ジャムもよ……」
そのこだわりに愕然としつつ紅茶を一口飲む。カルチャーショックはある日突然来る。
公人「え? 紅茶ってこんなに美味しかったっけ?」
夏海「クーの入れた紅茶を飲むと他の紅茶は飲めなくなるのよねぇ……」
空「気に入って頂けたら嬉しいのですが」
紅茶独特の旨味とほのかな渋みが調和している。これが紅茶本来の味なのか。
夏海「愕然とするのはまだ早いから。その調子じゃスコーン食べたら涙出るわよ」
空「それは言いすぎですね」
二人は静かに紅茶を飲み、菓子に手を出す。あの夏海にすらこんな表情をさせるとは。
スコーンを一口サイズに割りクリームとジャムを塗る。俺は生きて帰れるのか……