その後もこちらに指示を出しながら、テキパキと無駄のない動作でクーは作業を進める。
今すぐ用意できない物は市販品で代用するとの事だが、明日以降は全て手作りにすると言って、それらの仕込みも同時にこなしてゆく。
厨房はオーブンから漂う香ばしい香りで満たされ、菓子は次々とトレーに取り出される。
その香りに引き付けられたかのように夏海が顔を覗かせた。
夏海「そろそろ出来上がった〜?」
空「はい。まさに二人の愛の結晶です」
夏海「むっ」
夏海はクーの台詞に唇を尖らせる。
クーは一つだけ形の違うクッキーを摘むと口元に差し出してくる。ハート型だ……
空「どうぞ、食べてみて下さい」
公人「ぁ、あはは〜、ありがとう……」
サクっとした軽い歯ざわりで、適度な甘みが心地よい。
夏海「まったく、真面目に働きなさいよねーっ」
夏海はクッキーを一つ摘むと口に放り込む。クーが止めようとしたが間に合わない。
夏海「っ〜〜! ……ぁ、あちゅい」
空「夏海。その辺りはまだ冷めていません」
一段落つき、トレーに並べられた菓子類を手にするとクーは厨房を出てゆく。
そして店側から漏れるどよめき。
あ〜〜、クーが運べば当然だよなぁ。
いくら作ってもストップがかからない。ホントにさばき切れているのか不安になるが、手際よく菓子を作り続けているクーの足を引っ張らないためにも生地をこねる。
幾度目かの往復をくり返したクーが夏海を連れて戻ってきた。
夏海「疲れた〜〜。ま〜さ〜と〜〜、きゅ〜け〜〜」
空「フロアは私が受け持ちますので、公人さんは夏海と休憩してきて下さい」
忙しければ手伝うよ、と言おうとしたところ、笑顔のクーに止められる。
空「福利厚生です」
事務所兼控え室といった風情の部屋に置かれたソファセット。
その上で押し倒されたような格好で夏海に抱き付かれていた。
公人「……夏海。その格好って疲れないか?」
夏海「充電中〜〜。ん〜、このまま時間を無駄にするのも悲しいわねぇ」
上半身を放し、ティーセットとともに用意してきたクッキーを唇で軽く咥えると、顔を
寄せてくる。
ん〜〜と、のどを鳴らし唇を突き出す。
公人「もしかして。食べろ、と?」
こくこくとうなずく夏海。じわじわと近づいてくるクッキー。
なかば諦めて夏海の頭を固定すると、唇が軽く触れる程度のところでクッキーを割る。
夏海「むぅ〜。条約違反だ、責任者出せ〜〜」
公人「なんだその条約って」
夏海「公人は福利厚生要員。私が凄い事しださない内に素直に従いなさい」
夏海は軽い口調で言い放つが、これまでの度重なる悪行──実績ある女王様だ。
背筋を凍らせるだけの威力がある発言に、俺は心の底から戦慄する。
公人「……ホントに凄い事しないだろうな?」
夏海「私を信用しなさい。それとも、クーおねぇさんも呼んできた方がいいかな〜?」
哀れな子羊たちが神にすがりたくなる気持ちをまざまざと体験した三十分。
恋人同士であれば、甘く心躍るひとときとなるだろうが、心を決めかねている俺にとって悪魔の誘惑に耐え抜かなければならない責め苦に近い。
人の胸の上で至福の表情を浮かべる悪魔。そこにノックの音と共にクーが入室してくる。
空「夏海は休憩して、だいぶ回復したようですね」
いくら親友だとしても、ライバル関係にある相手を気遣うとはどこの聖女だ……
夏海は身体を起こし軽く唇を触れ合わせると、ソファから立ち上がりクーに話しかける。
夏海「公人のおかげで急速充電できたからね〜。ところで〜」
この三十分をダイジェストで説明する夏海に、感嘆の声を上げるクー。
空「二人で食べるにはクッキーが足りませんでした」
涼しげに宣言するクーを夏海と共に引き止めた。