……そう、落ち着かなければ。
問題だらけであっても、問題ない。
ここでワタクシが生活してるわけでもないですし、実際に住んでいる者たちがゴミにまみれて生きていこうともワタクシが近づかなければいいこと。
実際にワタクシがこの屋敷に用事があるとすれば食事の……
食事? ここは食堂ですわよね? ここにこれだけのゴミがあるということは……
【思考キャンセル猛ダッシュ】
ワタクシがここまで本気を出したのは、ここ数千年で初めてのことでした。
「ク〜〜・トゥル〜〜〜〜」
地の属旧支配者として相応しい、深淵から響く怨嗟の如き声をのどから発し、ワタクシは彼女を睨みつける。
それに対して、邪魔をするなと言いたげな訝しむ視線がワタクシを貫く。
「貴様も暇ではなかろう。 食事が終わったならば疾く去るがよい」
「貴女、何故あんな状態の厨房で食事を作らせているの! 正気!?」
「興味がない。 我が主にも特に問題がないのであれば一向に構わぬ」
「もう我慢できませんわ! ワタクシが片付けますっ、深きものども借りますわよ!」
返事を聞くつもりもないので、風を切るようにして食堂を後にする。
道すがら見かけた者たちに声をかけ、庭に集合するように言い渡す。
数分後、屋敷の前には数十人の深きものども、インスマスが集まっていた。
「よく集まりました。 これより屋敷の大掃除を致します。
徹底的に行うつもりですので心してかかりなさい」
ワタクシの宣言とともに湧き上がる不満の声。
「そう…… 今日の昼食は活け造りと踊り食いに決まりですわね」
その瞬間、だらけていた者たちが口をしっかりとつぐみ、直立不動を取る。
「では、屋敷に溜め込んだゴミを運び出しなさい。
それが終わったら換気を充分に取り、天井から床まで積もっている埃を綺麗に取り除きなさい!」
腕を大きく振って号令をかけた瞬間、整然と隊列を組み屋敷へと歩を進める者たち。
大雑把な作業しかできない者たちに任せるのは心配なので、ワタクシも掃除しましょう。
屋敷の中は混乱を極めていた。
埃が舞い上がるのも気にせず積み上げられたゴミを崩す者、換気もせずにハタキを使い塵を撒き散らす者など、掃除をしているようには思えない光景が広がっていた。
そして、その中を主を引きずりながら悠然と歩いているクー・トゥルー。
「クー・トゥルー! 掃除をする気がないなら邪魔になるところにいないで頂戴!」
「……安心するがいい。 我はこれから寝室に戻る。
気の済むまで清掃に励むがよい」
無表情に気のない返事を返すクー・トゥルーに文句のひとつも言おうと口を開いた瞬間、深きものが屋敷の端にある部屋の扉を突き破り転がり出てきた。
「なっ…… なんてことしてくれるのよっ! 扉を壊したら……」
扉を突き破った深きものに駆け寄ったワタクシの目に映る数人の人影。
部屋の中には黄衣を身にまとったハスツゥンが憮然とした態度でこちらを睨んでいた。
「なぜアンタがここにいるのよ。 ここはあの忌々しいクー・トゥルーの住処じゃないの?」
胸の前で腕を組み、胸を張るような格好でこちらを見詰めてくる。そんな両腕を使って寄せて上げても、大して変わらないバストサイズだというのに……
それにその下品な格好。チラリズムすら理解できないお子様らしいですわね……
「……今アタシのこと馬鹿にしたでしょ! おっぱいが大きいからって偉そうにしないでよね!」
「そんなことにこだわってるから子供扱いされるのがわからないのかしら」
物凄い目付きでワタクシの胸を凝視してくるハスツゥンを、着替え中だったらしい半裸の女がなだめるように声をかける。
「ハスツゥン。 君の胸は愛らしくていいとわたしは思うぞ」
「うぅ、主がそう言うなら…… でも別に我が主がロリコンだからアンタを許してあげるわけじゃないんだからねっ!」
腰に手を当てたハスツゥンがこちらを力いっぱい指差してくる。
その後から人間とは思えない禍々しい気をまとって女主が武具を構えた。
「やっ! それはアカンて! 口が滑ったのは謝るから堪忍したってや〜っ!」
背後からの殺気だけでハスツゥンが頭を抱えて座り込む。
「なんだ。騒々しいと思えば、ハスツゥンがいるではないか」
そこには、今まで主以外に興味を示さなかったクー・トゥルーが立っていた。